一人称 過つ
リクあざした!!



「っ、は、ははっ!やった…!やった!!俺がやってやったんだ!!!」

人を殺すのは久しぶりだった。特に直接首を絞めて相手が息絶えるところをみるのなんかは、かれこれこの世界に落ちてきて数年がたっても経験した回数はたった一回。名前も知らないクズみたいな人間を最初に殺した時だ。ちなみに今回で二回目にカウントが増えた。勿論間接的に人を殺した回数は星の数ほどだが、別に俺が殺したわけじゃないもんな。

生暖かくてぐんにゃりした肌の感覚が残る手を頬にあてて、あまりの嬉しさに笑って泣き叫びそうになる顔を抑える。念入りに弱みを探って、何が一番堪えるのかを考えて、お膳立てしたシチュエーションは見事に成功。歴代最強と言われる剣聖の弱みは親しい人間や家族だった。当たり前と言えば当たり前だが、こうも型にハマったように死を受け入れられるのもそれはそれでつまらない。

「…………そうだ、どうせ、エミリアの邪魔になるんだよな。他の巫女も……」

どっちにせよ騎士を失った彼女は王選から降りるしかなくなる。ただの孤児には大した後ろ盾もなく、彼女自身も自ら望んで立候補した訳じゃないらしい。寧ろ開放してやったとも言える。最もある程度信頼関係を結んでいたと聞いているから悲しむかもな、と思いつつ目の前に倒れている赤毛の青年の傍に近づく。

「っく、ふふ……」

ぐにゃりと妙な方向に歪んだ首は俺が先ほど締め折った。普段はこんな力は出ない。火事場の馬鹿力と言っても良いのだろう。脳から放出されたアドレナリンがリミッターを外してどうのこうの……とかいう理論を地球で見た記憶がある。まぁそんなものはどうでもよかった。今はこの死体をどうするかが先だ。

じゃり、と靴の下で細やかな土屑が音を鳴らした。その音がやけに大きく響いたことを少しだけ不思議に思った。辺りの雰囲気も変わった気がして、ぐるりと首を回しても変わったものは見受けられない。エルザたちが失敗していなければの話だが、ここには誰も近づけないようにと指示もしてある。一応見てきてもらうか、と精霊を呼び出そうと指先を上にあげた時、

「………あ?」

ぱきり、と小さな音が聞こえた。目の前で息絶えた剣聖の、ラインハルト・ヴァン・アストレアの懐から、聞こえたような気がした。何か割れ物でも入っていたのか、と屈んで服の襟に手をかけようとした瞬間、ぞわりと脳のどこかが警鐘を鳴らす。

「………勘が、いいんだね」
「お前……」

腕が、伸びた。
死んでいるはずの肉体が動いて、俺の服を逆につかもうとしたところを寸で躱す。本来であれば到底かわせるはずのない剣聖の動きを不格好ながらも対処出来たのは、あまりにも俺自身が死を味わいすぎたからなのかもしれない。

「殺した、はずだ。確かに首を折った。骨を砕いた……。死んだはずだ…心臓が止まる音も確かめた!なのに、なんで、……」
「そうだね。君は確かに僕を一度殺したよ」

こきり、とラインハルトが首を鳴らした。俺の手の形にくっきりと赤黒い痣が残っていたはずのその場所はいつの間にか綺麗に修復されている。内出血によって赤みがかかった顔も平常通りだ。

沸騰しそうな激情と打って変わって冷えていく脳みそがぐるぐると急速に周り出す。あまりの憤怒に上手く言葉が口から出てこない。それでもどうにか喉を動かして、俺が最も憎む男の名前を呼ぶ。

「ラインハルト、ヴァン、アストレア、……お前、なんで生きてる?なんで死なない?」
「それを、君に話す筋合いはない」

何もかもが元のまま。死の匂いも痕跡も、跡形もなく消えている。首を絞められたことなんてありませんよみたいな顔をして、ラインハルトが手をぴんと伸ばした。ああ、俺はあれを知っている。手刀でも人が切れるなんて、人間ができる芸当じゃないけれど、それでもこいつは出来るのだ。

「ーーーーー何が剣聖だ。正真正銘の化け物じゃねぇか、お前」
「……………、」

死の事実すら覆すなんて、人ができることじゃない。加護にしたって酷く歪だ。俺のとは違う。俺は死んでる。ただ戻るだけだもの。でもこいつは、甦れるんだ。

そんなの人間じゃない。理から外れた何かだ。

そう思ったら思わずそんな言葉が口をついて出た。それに微かに、本当に微かにラインハルトが眉を顰める。剣気とも呼べる白い光に包まれた右手が音速を超えて頭上に振り下ろされるのを微かに感じて、次に剣聖を殺すための考えを白く染まる思考の中でふと思いつきながら笑って俺は死んだ。
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