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「……このようなところで何をなさっているのですか?」
足音と共に現れたのは二十代の中世的な顔立ちの男性だった
男性にしては長い黒髪に伊達だろうか? 眼鏡をかけている
彼は地面に座り込む春にそう尋ねた後に彼女の膝で眠る桔梗に気付いた
「貴女は…」
桔梗をみた彼が明らかに動揺した
「どうか、されたんですか?」
「……いえ、その方はどうかなさったんですか? 体調が悪いとか?」
彼のその様子が気になった春がそう問うが彼は否定した
もしかして桔梗を知っているのかと少し期待したのだが
「いいえ。少し眠っているだけです。ですがここから移動できず困っているのです。その、よろしければ助けていただけませんか?」
身じろぎ一つしない桔梗に男性が気遣う様に頬に触れた
「眠って…。わかりました。どちらにお運びしましょうか?」
「ありがとうございます! そうですね、とりあえず大通りに運んでいただければ後は迎えを頼めますから」
「わかりました」
「お願いします」
男性はその細身からは想像できないくらい軽々と桔梗を抱き上げた
だが一方でその動作はあまりにも優しくて桔梗を慈しんでいるようだった
彼は桔梗を抱き上げると大通りへと歩き出す
春はそんな彼の後ろを追いかけた
「貴女方はどうしてここに?」
大通りに向かう途中、男性がそう尋ねた
「最初は伏見城を見に来ていたんですけど彼女、桔梗が急に歩き出してしまって。
それを追いかけたらここに着いたんです」
「彼女は桔梗というのですか」
「はい。…あの此処はどういった場所なんでしょうか?」
「……此処はとある戦国武将の居住地だった場所です」
「そ、それはどなたですか!? …すみません。大きな声を出してしまって」
やはり桔梗は戦国時代の人物の生まれ変わりだったのだ
ここに住んでいた戦国武将が分かれば一気に記憶を甦らせることができるかもしれない
「いいえ。…申し訳ありません。私も此処の事は詳しく知らないんです」
しかしそんな期待とは裏腹に男性は申し訳なさそうにそう答えた
「そうですか」
「すみません。お力になれなくて」
よほど落胆したような表情をしてしまったのだろう
男性が再び春に謝った
だがしかし彼が悪いわけではないのだ
「いいえ! 貴方がいらっしゃってくれてとても助かりました。ちょうどどうしようかと途方に暮れてたところだったんです」
「偶々此方に立ち寄っただけだったんですが、貴女達に会えたので良かったです」
「え?」
その言葉に疑問をもった春が思わず男性の顔を凝視するが彼はにこりと微笑んだだけだった
「さぁ、着きましたよ」
疑問をぶつけることができないままいつの間にか大通りにやって来ていた
男性は桔梗を近くのベンチに横たえらせる
その際に頬にかかった彼女の黒髪をそっと払った
「すみません、少し電話をしてきて良いですか?」
この時間ならもう帰ってきているであろうはなたちに連絡するべく公衆電話に行かなくてはならない
春は携帯電話を持っていないのだ
意識を失った桔梗を先ほど知り合った人間に任せるのは少しためらいがあったが、彼なら大丈夫な気がした
「構いませんよ。彼女は私がみていますから」
「お願いします」
駆けて行く春を見送った後、男性は桔梗の前に跪いた
そして眠る彼女の髪をそっと撫でる
「久方ぶりです。あれから四百年。…貴女は待ったのですか?」
帰ってくることを約束した彼を待ちつづけた彼女
自分は最後まで彼女の傍にいることはできなかった
だから彼女があの後どうなったのかはわからない
だがきっと帰ってくることはなかっただろう
あの時、すでに彼は死んでいたのだから
「信じて待って、貴女は本当に強い人だった。…この時代に彼はいます。私も会えてはいませんが、この時代にいないはずがありません。ですが貴女を迎えに来ていないということは彼は貴女のことを憶えてはいないのでしょう。そして、きっと貴女との約束も…」
それでも彼女は待つのだろうか
差し出した自分の手を掴むことはなく
「すみません。御陰様で連絡が取れました。…どうかされたんですか?」
ちょうどその時、連絡を取り終えた春が駆けて戻ってきた
そして桔梗の前に跪く彼に近づき声を掛ける
彼は数秒桔梗を見つめた後、春に向き直った
「それはよかった。…それではこれで失礼しますね」
「あ、ありがとうございました」
彼の行動に見とれていたので咄嗟に反応できずしどろもどろにお礼を言うことになってしまった
そして去っていく彼の背中が見えなくなった頃、彼の名前を聞いていないことに気がついた
「連絡先も聞いてない…」
これではお礼をすることができない
自分のうっかりが少し恨めしかった
‐be continue-
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