海でデートがしてみたかったんだ。学校とか悪魔とか勉強とか、何もかも忘れて潮風を浴びたかった。それだけ。




 君の笑顔が風を誘う





夏の暑さに暖められた少し温めの風が吹き付ける。その風は少し汗ばんだ頬や額をなぜるも、体温と同じ熱をもっていたためか、あまり涼しいと感じられない。前を歩く志摩の真っ白なシャツも風に揺られて、日の光をあちらこちらへと反射させる。その白さが俺には眩しくて無意識に目を細めた。



「志摩」

ふいに名前を呼ばれて足を止めて、声のした方へ体ごと向く。名前を呼んだのは奥村くん。足元に浅く広がる海の端を少し蹴りながらにこっと首を傾げる。

「どうしたん?疲れた?」
「まさか」
「楽しくなくなった?」
「んなわけねー」

「海で散歩、とかベタやったね」
「いんじゃね?海冷たいし、夏にはピッタリなデートだろ」


奥村くんはそう言って目線を水平線に向けた。自分もつられて同じ水平線を見る。そこには色取り取りの青が広がるばかりだ。海からまた生温い風が吹いてシャツを揺らし、髪型を崩す。潮風の独特の香りが鼻につく。少しの間だけ立ち尽くし、風が通り過ぎるのをこの身に感じていた。



「…塾、サボってしもたね」
「ああ」
「皆、坊とか若先生とか怒ってはるやろうなぁ」
「だろうな」

「お土産に貝、拾って帰る?」
「…いいな、それ」


二人しておもむろに膝に手をやり、海水に濡れた砂浜を見る。潮の満ち引きによって、少しずつ削れて海へと流れる砂の隙間から貝殻は勿論、藻や、砂と海水と時間のおかげで鋭利な角が丸くなり、宝石のように輝いたガラスの破片まである。

「奥村くん!これ綺麗やで」
「おっそれ採用!」

綺麗なガラスや珍しい貝殻を見つけては奥村くんに渡して、その辺で見つけた透明なビンに入れていく。透明なビンはいつの間にか、様々な形や色をした貝殻やガラスでいっぱいになっていた。しかし、ビンに詰まったそれらはどれも砂まみれでお世辞にも綺麗とは言えなかった。

「見つけた時は綺麗に見えたんやけどなー」
「まあ、いいじゃん。どっかでビンごと洗おうぜ」
「そやね、あ、ついでにビンに水入れへん?絶対綺麗」
「お前今日冴えてるな」



夏の陽射しが照り付ける中、帽子もかぶらず歩いたりしていたものだから汗は尋常ではない。だいたい、海に来るのに帽子もなし、タオルもなし、しかも水分すらないなんて軽装備すぎた。熱中症になってはいけない、と奥村くんが近くのお店で麦藁帽子を二つ買ってきてくれた。そんなお金あったんや!と驚いたら、馬鹿にすんな!と怒られた。
それから、麦藁帽子をかぶって砂浜を歩いていたら少しだけ木が生えて、木陰ができているところを見つけた。暑いし疲れもあったしで、疲れがとれるまでそこで一休みすることにした。

「この帽子さー」
「んあ?」
「…趣あるよね」
「素直に古いって言え」
「年季が入ってる」
「しょーがねーだろ…これしかなかったんだよ」

しかもスゲー安くて…いや値段はあれだけどさ、と少しむくれた奥村くんはちょっと不細工だった。それに思わず笑ってしまい余計むくれてしまった。ごめんと謝ったけどまだむくれている。
少年の心を常に忘れない彼は、純粋でかっこよくて馬鹿で、たまにかわいい。ぶつぶつと文句を言いながらも俺の隣を離れようとはしないし、じゃあ捨てればいいだろ!なんてことも言わない。二つ目の台詞は俺と付き合う前の彼なら言いかねない台詞だが、今はもうそんなことを言うような人ではない。
自画自賛するようだけど、彼は変わった。さっき言ったような、大部分は変わらないけれど、自分を大切にすること、しっかり話を聞くようにすること、それと二人きりのときは何よりも俺を大切にしてくれること。前にはなかったことだ。彼が実際にそう言ったわけではないけれど、何となくわかる。二人きりだとすぐわかる。大事にされているのがすごくよくわかる。今だって、俺を傷つけないように一生懸命に言葉を選んで、側を離れないようにしてくれる。文句なんか言ってるようで言ってない。ただ、じゃれあいたいだけなのだ。俺はそれをわかっているから、わざとからかうようなことを言ったりもする。彼も、それが楽しいということを案外わかっているのかもしれない。
それがすごく幸せで、嬉しい。そう思ったら、自然と笑いが込み上げでしまう。手元で麦藁帽子をくるくる回していた奥村くんが不審そうにこちらを見る。

「…何ニヤニヤしてんだ?」
「え、いやあの、えー…お揃いやなって」
「は?」
「だから、帽子がお揃いやから…嬉しいなー……なんて…」

自分で言った台詞に自分で恥ずかしくなって麦藁帽子を深くかぶって顔を隠す。理由は勿論、自分の顔が赤くなったのがわかったから。今言ったの忘れていいから、としどろもどろになりながら言うと急に深くかぶっていた麦藁帽子を取られた。

「ちょ!奥村くん!?」
「忘れてほしい?」
「え、え?あの、えっと」
「忘れてやろうか?」
「ちょ、たんま、顔ちか、近いって」
「…なぁ、廉造」
「はい………え?」
「キス、したい」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。頭が真っ白になってそれから、奥村くんの深い海のような目に見つめられて動けなくなった。こんな、唇に息がかかるような距離で嫌だなんて言えない。勿論、彼は嫌だと言ったところでしないという選択肢を選んでくれない人だというのもわかっている。
外やで?と消え入りそうな声で少しの反論をしてみると、奥村くんはきょとんとした後、小さく笑って唇を寄せた。それと同時に麦藁帽子で口元を隠してくれた。
暑さのせいかキスのせいかわからないけれど、ふわふわする頭の隅で、麦藁帽子ってこういう使い方もできるんやなと思った。



夕方に近づくにつれて陽射しも弱まり、生温い風も涼しげなものに変わっていった。そろそろ帰らないといけない時間だった。それに塾をサボってしまっているからだろう、お互いの保護者的存在からメールや着信が入っていた。携帯を一度も見なかったわけではないから、メールも着信も気付いていた。でも俺も奥村くんも知らんぷりをした。せっかくのデートを邪魔されたくなかったし、現実から少し離れて誰もいない砂浜に二人きりでいたあの時間を侵されたくなかった。現実逃避もあとちょっとで終わる。

「もうこんな時間かー」
「うっわ…着信70越え…」
「若センセ?」
「おー…そっちは?」
「二人あわせて100くらい」
「あいつら限度ってもんがあるだろ…」
「サボってる身で言える台詞ちゃうけどね…」
「まぁな…」

それじゃ帰るか、と手を差し出されたので小さく笑って少し砂がついた手を握った。
砂浜には靴も靴下も脱いで入ったが、何故か両方とも砂だらけで帰るときにすごく困った。髪にも砂が纏わり付き、捲り上げていたズボンの裾にまで砂が入り込んでいるのに気が付いたときは、思わず二人で顔を見合わせて笑った。
全身砂だらけで寮に帰ると、奥村くんの保護者兼弟と俺の保護者兼幼なじみが額に青筋を浮かべながら待っていた。夕方すぎから始まった怒涛のお説教タイムは、夜中近くまで続いた。




お説教タイムが終わると、頭を冷やしてこいと勝呂に言われて二人して外に出てきた。夜は昼間と違い、涼しげだ。夏の虫が志摩の怯えを余所に綺麗な音を奏でる。歩きながらため息をつく。

「…あいつら鬼か?」
「鬼の化身みたいなもんやろねぇ」
「あー怖かった」
「ははっ怖かったんや」
「ったりめーだよ…おかげで土産渡し損ねるし」

塾のみんなに、と思い拾った貝殻達は甲斐も虚しく、志摩の鞄から姿を表すことはなかった。いや、言い直すと表せられる暇がなかった、と言える。とにかく、それほどまでに勝呂も雪男も激怒していたということだ。

「もうそれ二人のにしたらええやん」
「…思い出?」
「うん、また行きたいなって言えるやん?」
「それもそーだな」

「奥村くん」
「何?」
「好き」
「ば…っかお前、それなんで昼間言わないんだよ!」
「なんやの、キスした後に言ってほしかった?」


当たり前だろ!と言うと、志摩はくすくす笑ってそういうとこ、好きやわぁと言った。
そうして、街灯に照らされながら笑う志摩にムラムラしたのと、少し馬鹿にされたような気がしてイライラしたので、ビックリマークの描かれた不思議なTシャツの襟元を引っつかんでキスしてやった。

夏の風が俺の後ろから吹いていた。












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燐廉企画の燐廉
現在夏じゃないのに中身夏て
夏の間にあげたかったです
そんな芸当私には無理でした
でも燐廉への愛は夏より熱い

20111030
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