野良犬(1/4)
ラブホテルの一室。
モノトーンで統一された広々としたその部屋のソファーに、遊馬(あすま)は手足を枷で拘束された状態で放置されていた。
「……ふー…」
拘束されているにもかかわらず遊馬はふてぶてしくあぐらをかいて煙草をくゆらせている。
目つきの悪い仏頂面に180pはある筋肉質な体。そして纏ってる高級な黒のスーツのせいで物騒な組員のように見えるが彼の職業はホストだ。
初めて会った女性にアフターの誘いを受けてラブホへと繰り出し、部屋に入って軽い雑談をしていた辺りで記憶が切れている。
これに何か入れてたんだな。と遊馬はテーブルの上のワイングラスに視線を落とし、そして先ほどからシャワーの音が聞こえている風呂場の方へと視線を移す。
この状況に焦りは感じていなかった。簡易な造りの枷の鍵はとっくに外していて今なら逃げようと思えば簡単に逃げることだってできる。
だが遊馬は、20代前半程度の品のあるお嬢様のような見た目の女が誰とどういう関係で自分に何をしようとしているつもりなのかという興味で、おとなしく拘束されたまま女の登場を待っていた。
──ガチャ
風呂場のドアが開いた音がしたのは遊馬が繋がれている不自由な手で二本目の煙草に火をつけているときだった。
「あ、もう起きたんだ」
タオルで頭を掻きながら出てきた人物を見て遊馬は思わず煙草を落としそうになる。 そこにいたのは女性ではなく、10代半ばほどにしか見えない少年だった。
「誰だお前」
「マユミちゃんだよ」
少年は無表情のまま両手を広げ首をかしげておどけた仕草を見せる。
腰まであった真っ直ぐな黒髪が短い猫っ毛に変わり化粧が取れてだいぶ幼い雰囲気になったものの改めて観察すると、確かに目の前のTシャツ短パン姿のラフな少年は先ほどまで酒を酌み交わしていたお嬢様だった。
「なるほどな。…くそ」
この女は遊び目的で来ている感じではないな。と出会った数分で違和感は感じていたが男ということには気がつかなかった。
怪しい人間を見抜く能力はあるという自信が砕かれて遊馬は紫煙を深々と吐きながらうなだれる。
「…で、お前は結局何なんだ?」
「他のお店の人に貴方を半殺しにして欲しいって依頼された。本当は今日は下調べだけのつもりだったんだけど…」
「依頼?」
「何でも屋さんやってるんだ俺」
「お前一人で?」
「うん」
「澄ました顔して随分馬鹿なことやってるんだな。早死にしたいのか?」
「別に。なんとなく楽しいからやってるだけ」
「変な奴」
「貴方も変わってるよ」
冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して飲みながら少年は遊馬の隣に座る。
「俺が貴方に悪いことしようとしてるって最初からわかってたでしょ?」
「あぁ。それはわかった」
「なのになんで簡単に捕まったの?」
「誰に頼まれて俺に何をするつもりなのかさっさと知っときたかったからな」
「でも、だからってこんな所まで来るなんて危ないよ」
「はっ、お前が言うな。お前が本気じゃないってこともわかってる」
乾いた笑いを漏らして遊馬は灰皿に煙草を押し付ける。
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