歪んだ檻(1/5)
10時には帰ると彼には告げたけれど時刻は11時半を過ぎている。
あえて連絡は何もしていない。LINEには絶え間なく通知が来ている。
開いていないけど内容は容易に想像がつく。どんな顔で文章を打ち続けているんだろうと思うと堪らず歪んだ笑みがこぼれてしまう。
「ただいまー」
玄関を開けると部屋の中は真っ暗だった。ソファーに座っている人影がこちらに駆け寄ってくる。 そして部屋の電気を付けようとする前に胸ぐらを掴まれた。
「どこに行ってたの?」
暗がりの中、悠人(はると)の鋭い眼光が自分を睨みつける。
「職場の飲み会って言ったじゃないですか」
「10時に帰るって言ってたよね。もう12時だよ? 何をしていたの?」
「飲み会が長引くなんてよくあることでしょう」
「じゃあ何で連絡くれなかったの? こっちから送っても既読にすらならないし」
「まあ酔ってましたし。遅れるって言ったら悠人さん怒るでしょ」
「何も連絡しない方が嫌がるってわかってるだろ!わざと僕を煽ってんの?」
悠人は爪がめり込むほど胸ぐらを掴んで怒声を上げる。暗いせいで怒っている顔があまり見えないのが惜しい。
「わざと面倒事を起こすわけないじゃないですか。悠人さん落ち着いてください」
頭を撫でようとするとその手をバチンと払いのけられた。
「うるさい。…ていうか睦月(むつき)、飲み屋の色んな匂いがして臭い」
低く言い放つと悠人は力任せに自分を引っ張って風呂場へと向かった。 浴室の電気が付けられ、急な明るさに目が眩む。
「え、ちょ…服脱がないんですか?」
有無を言わさず自分を浴室に押し込むと悠人はすぐさまシャワーの蛇口を捻って勢いよく吹き出したお湯をこちらに向けた。
シャワーヘッドを頭上に掲げられてあっという間に全身がずぶ濡れになる。まだ温まりきっていないお湯の冷たさが肌に染みる。
「…香水の匂いがする。これ誰?」
首元に顔を寄せると悠人は眉間をしかめて自分を睨んだ。
…ああ、やっとはっきり顔が見れた。 女性と見間違えるほど端整で儚げで、愛憎に満ちた顔。シャワーで濡れてより一層色気立って見える。
「さあ…わかりません。香水をつけている人は何人かいましたから」
「ねぇ。本当は飲み会なんかじゃなくて女と二人きりで会ってたんじゃないの?」
「二人きりで会ってどうするっていうんですか。手出しも何もできないんだから、そんなことをしたって虚しいだけですよ」
「…本当に、何もしてきてないだろうね?」
「何も出来ないことは悠人さんが一番よくわかってるでしょう」
シャワーを床に落として悠人は僕のズボンに手をかけた。
お湯で肌に貼り付いている布を引き剥がすように強引に下着ごとずり下ろされると、カチャン と音を立てて、金属製の貞操帯に囚われている可哀想な自身が姿を現した。
外した痕跡がないか調べているのか、悠人は貞操帯についている南京錠を手に取ってしばらく見つめている。
「何も悪さはしてきてないってわかりましたか?」
「…男に抱かれたりもしてない?」
「ぁははっ、そこまで疑います? 僕は悠人さんと違って男にはモテませんから」
「嘘だっ。睦月は誰にだっていい顔して、誰にだってついていくだろ…!」
悠人の綺麗な表情がどんどん歪んでいく。自分の胸に食い込む指先は震えていて、今にも感情が爆発しかねない雰囲気だ。
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