※※第316話:Make Love(&Barnyard).192










 「うわあ……俺、どうしても聞きたいことがあるんだけど聞けない……薔くんどうして一人で買い物に来てるんだろう?てか何でオレンジジュースだけ?」
 バイト中の羚亜は震撼した、とうとう監禁でもしたのかはたまた動けなくなるまでヤってしまったのではないかと。
 心の声が心の声に留められていない。

 「ナナのための買い物に決まってんだろ?」
 「俺が主に答え聞きたいのはそっちじゃないよ!むしろ疑惑が深まっちゃったよ!」
 「あ?」
 薔はいちおう疑問に答えてはあげたが、羚亜はますます震撼した。
 やはり、監禁説が色濃くなってくる。



 「ありがとうございました〜……」
 ここは要さんに相談したほうがいいのかな?と野暮な心配までしている羚亜は、薔の背中を見送ったあとしみじみと呟いた。

 「夏休み明け……三咲さんにはもう会えないのかな?」





 …――――普通に会えるよ。
 あと元チーフはレジの下に隠れてばかりいないでちゃんと働こうよ。












 薔がコンビニをあとにすると、突然、うっすらと晴れたままの空から大きな雨粒が落ちてきた。
 気まぐれな天気雨だった。

 傘を持ってきてはおらず、雨のことなど気にも留めていない薔は何事もなかったかのように歩いてゆく。
 雨の勢いは増そうとしている。


 そのときだった。

 「薔っ!」

 彼女の声がした。
 俯き加減に歩いていた薔は顔を上げる。
 彼女のために買ったジュースは袋の中で雨を凌いでいた。


 「すみません!今日は雨でしたのに!」
 迂闊だったとしか言い様がないナナは、念のためふたつ持ってきた傘のひとつを彼に差し出した。
 ふたつあってもひとつで、寄り添って帰るのだろうけど。






 「…――――――――ナナ?」

 雨に濡れたせいだろうか。
 妙に懐かしい光景を、薔はフラッシュバックさせていた。


 幼い頃、寂しげな公園で、雨ではない水に濡れて、息が止まりそうだったあのとき。
 仔犬の鳴き声が聞こえたことに安堵をした彼は、一度、死を覚った。
 実際には、彼だけが、生き残ったあの日。



 あのとき――――――…

 自分を掬い上げてくれたひとは、彼女だった。

 現在と過去が見事に重なった瞬間だった。
 あのとき、溺れかけていた自分を助けてくれたのは、

 ナナだったのだ。




 ふたりは竜紀の脅威から、決して、逃れられはしなかった。
 “その過去”を、秘かに共有している限り。





 「ああっ!早く、濡れちゃいますよ!」
 彼が傘を手にしないので、ナナは慌てて自分が差してきた傘の半分を彼に差し出そうとした。

 だから刹那傘が目の前を遮り、ナナには見えなかった、薔が今にも泣き出しそうな顔をしたのは。
 打ちつける雨が彼をやけに儚げに濡らし、ぞっとするほど――この世の涯ての悲しみのように美しかったというのに。




 なりふり構っていられない薔は彼女の手を掴み、抱き寄せた。
 あのときは彼女の呼び掛けに、応えられなかったから。

 傘は歩道に落ちて、共に濡れてゆくナナは彼が微かに震えているのを確かに感じ取る。


 「ど、どうなさったんですか……?」
 心配になり声を掛けるナナは、まだ全てを憶い出せていない。

 「……良かった……」
 雨に打たれながら、薔は呟いた。






 やっと、応えられた。
 差しのべられた手を掴むことができた。


 彼は彼女を、死ぬほど愛している。
 運命だとか、奇跡だとか、そんな生ぬるい言葉で片付けられるのなら薔はとっくにナナの首に咬みつき永遠の命を手に入れられているはずだった。
















  …――I will die for you,

       I love you.

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