※※第243話:Make Love(&Dolce).144







 逃亡劇は呆気なく終わった。
 そもそも、最初から逃亡などできないと知っている美咲はただ、悪あがきをしたいだけなのかもしれなくて、とたんに大人しくなる。
 今でも愛しているのは夕月だけだった、けれど彼女には死を装い逃げることしかできなかった。
 息苦しい日々を贖罪と捉え、元夫のことをひたすらに偲んでいる。


 「忘れんなよ?俺なら簡単にぶっ壊すことができるんだ、お前が愛したやつの幸せも、あの子の幸せも、命の恩人になってくれた昔の親友の幸せも、」
 大人しくなってしまった美咲に脅しという呪いをかけて、京矢は彼女の頭を撫でた。
 意味深な言葉たちは次々と、美咲の心を闇で支配してゆく。
 壊れてしまうかどうかは、京矢が決めることではなく大切な人たちがそれぞれに決めることだ、けれどそんな考えはたちまち払拭されてしまう。
 手を取られた美咲は、男のあとをついてゆくしかなかった。


 「…――――11年前の真実を、俺は全て知っているからな……」
 不敵に笑った京矢は、とっておきの台詞でとどめをさす。
 筒闇へと手招きされた美咲は、ただ黙って男に手を引かれ歩きだした。

 先ほどまではあんなにも綺麗だった月に、雲がかかって夜道を暗くさせる。
 それ以上に、手を繋いで歩くふたりが、暗い空気に包まれていた。



 「ワインを用意してある、美咲の逃亡時間最長記録更新に、帰ったら乾杯しよう……その後じっくり抱いてやるよ。」
 振り向きもせずに告げて、京矢はギリッと手に力を込めた。
 掴まれた手は冷たくて、美咲は彼の速度で歩きながら身震いをする。

 「一度でいいからワインの赤じゃなく、F・B・Dの赤を飲み干してみてぇな……」
 雲に隠れた満月を見上げて、髪を風に揺らし、京矢は笑った。
 美咲はこの男と一緒にいると、世新 竜紀のことをたびたび思い出してしまった。

 もっとも、竜紀のほうが遥かに、狂気的な闇と執着心を内に秘めていたが。
 だから京矢の仕打ちには、堪えることができていた。
 悪のシナリオはすべて、竜紀から始まっている。

 11年前の真実、それはほんとうは、誰も知らなくてもいいものだったはずなのに。


 「大丈夫だから悲観すんな。人間の命なんてあっという間だろ?弱みがなくなるまでの短い間だけ……お前は俺の所有物だ。」
 無情な言葉を優しく投げ掛けて、美咲のほうを一瞥すらせずに京矢はふっと笑った。
 本格的に夜は、暗闇に包まれようとしていた。







 …――――夕月は、亡くなったと思っていた妻がじつはヴァンパイアだったことを知り、彼女を捜している。
 しかしながら美咲は、一人の厄介な男に捕らわれていた。
 愛しあうふたりの再会は、一筋縄ではいかないのかもしれない。














  …――The destiny is ironical.

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