第六話;異形なる親愛







 「は……」
 重なりあっていたくちびるが、そっと離れてゆく。
 唾液の糸が途切れて妹の口の端を濡らしたが、そのままに、兄は自身のくちびるをゆっくりと舐めていった。
 下腹部は精液に濡れて熱くなり、血液は体内で流れに逆らい暴れだしそうだった、くらくらする意識の中を罪悪感が泳ぐ。

 「梨由の肌、お兄ちゃんので汚れちゃったね?」
 躰を起こした武瑠は乱れた髪をかき上げ、妹の柔肌を纏う体液を見下ろした。

 「ほんとは中まで……汚してやりたかったな」

 射し込む外の薄明かりが、妖艶な微笑みを照らし出す。



 「……っ、お兄ちゃ…っ」
 息を乱す梨由の頬を、静かな涙は伝い落ちた。
 「ひどいよ…っ、……どうして…っ?」
 避妊具を着けなかったことを責めているのか、中に出されなかったことを悔いているのか、思わず零れた言葉の意味はどちらでもあるような気がして、梨由にはよくわからなかった。
 淫れて横たわる彼女の前で、着衣を整えた武瑠は煙草に火をつける。

 「今朝会って、確信した」
 煙と一緒に吐き出された兄の言葉は、妹の嘆きにはまったく添っていないものだった。
 「あいつは俺たちの関係に気づいてる」
 煙は、揺らいで昇る。
 「え……?」
 梨由の頭の中は、煙草の煙と同じような色に染まってゆく。

 「俺はただ、痕を残しただけなんだけどな……あいつはその相手が誰なのかをちゃんと知っているようだ」
 落ち着いて煙草を燻らす武瑠は妹の首筋へと片手を伸ばし、項にゆびを這わせた。
 何にも気づかずにいた梨由は、息を呑む。
 なぜ、その事実を、あんなにも濃く繋がってしまった後に宣告するのか――考えただけで背筋がぞくりとした。

 「こんなことを教えてあげると、梨由は態度に出ちゃうだろうからな。気まずくなるようだったらあいつともセックスしてやれよ」
 耳を疑いたくなるくらいに残酷な言葉を残した武瑠は、煙草を咥え立ち上がり玄関を目指そうとした。
 近づくほどに、兄を知るほどに、梨由は彼を見失ってゆく気がしている。

 「お兄ちゃんは……それで、平気なの……?」
 ぽつりと、ずっと追いかけてきた背中へと問いを投げかけた。
 切なすぎて、掠れた声は震えている。
 立ち止まり、振り向いた武瑠は穏やかに答えを返した。

 「平気だと思うなら今すぐこの場で……おまえを殺してやる」






 息が止まりそうだ、ますます兄がわからなくなる。
 けれど瞬時に梨由の心は鷲掴みにされ、恐ろしく惹き付けられた。
 大好きな煙草の匂いに、噎せながら声を上げて泣いてしまいたい。

 「おまえを追い詰めるためにお兄ちゃんがしたことと、一緒だろ?」
 再び背を向けた武瑠のシャツを、ふわりと滑った煙は妹へと向かい漂った。

 「まあ、あいつの指でおまえが濡れたらの話だよ……」

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