第四話:堕落の喝采








 部屋の中には、エアコンの人工的な冷風が控えめに漂っていた。
 窓が未だ開いているからだ。
 火照りすぎた躰を鎮めるには、あまりにも頼りない冷たさだった。




 処理を終えると、武瑠は残り少なくなっていた煙草に火をつけ、窓辺でくゆらせた。
 汗で湿った兄のシャツは未だはだけており、夜風がそっと吹きこめば男らしい胸元がさらに覗くこととなる。


 梨由は黙って、乱れていた髪や着衣を整えた。
 縛られていた手首に、ネクタイと擦れたのだろうか小さな痣を発見して、身震いする、ちっとも怖くはなかったけれど。
 ほんとうは今すぐにでも、シャワーを浴びるため浴室に駆け込んでしまいたかったが、できるはずもなく。

 煙草の煙は夜の街へと、流離うように消えてゆく。



 …――とうとう、大好きな兄と躰を繋げてしまった――――…

 梨由の心はさざめいた。

 せめてもう少し、おかしくなるほどに待ち望んだその行為が夢みたいな心地を孕んでいたのなら、ふたりは仰々しいほどの余韻に浸れたのかもしれない。
 しかし、いざ味わってみると、それはなんとも甘くて苦い生々しさに満ちていた。



 ふわっ…

 不意に、梨由はあたまを撫でられていた。
 幼い妹をなだめるかのような手つきに、後戻りできないことをじわじわと思い知らされる。

 「これでおまえは俺に何にも、負い目を感じなくてよくなった」
 武瑠は笑いながら言った。
 ゆびは髪へと絡む。
 静かな狂気が押し寄せて、梨由は微動だにできなくなる。

 「けっこうお兄ちゃん、約束破ってひでえことしたもんな」
 そして武瑠は妹のことを、とてもよく、わかっていたのだ。

 「今まで通り彼氏とは、仲良くやれよ?梨由…」


 …――――そんな言葉を掛けられてしまえば、負い目を感じずにはいられない。



 兄は妹をどこまでも、自らの世界に閉じ込めてしまおうとしていたのかもしれない。

 「おやすみ」
 動けずにいる梨由の髪へ、キスをしてから武瑠は部屋を出ていった。

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