第一話:常闇みたいな想い







 ガチャ――――…

 ドアは開き、コンビニの袋を下げた鉄太は優しく微笑んだ。

 「アイス買ってきたけど、食べる?」


 「うん…」
 梨由の微笑みは、どことなくぎこちない。
 「もうけっこう、溶けてるかもだけど」
 それに気づいていた鉄太は、明るく笑って彼女の部屋へと、足を踏み入れようとした。

 そのとき、

 ふわっ…

 通り過ぎる瞬間微かな香水の匂いを残し、スーツ姿の男性が部屋を出ていったのだ。


 「……誰?」
 鉄太は唖然としている。
 「あたしの、兄」
 髪を耳へ掛け、梨由は小さく答える。

 すると鉄太は、慌てふためき言いました。

 「やっべ、俺、挨拶してねぇじゃん!にしても、梨由がいつも話してるだけあって、すっげえかっこいいお兄さんだな!」









 鉄太とは、他愛もない話をしながら溶けかけのアイスを食べて、少しだけゲームで盛り上がったりして、気づくと日付は変わっていたのだけどそれ以上何もすることなく彼は帰路へと着いた。


 ギリッ

 暗い部屋で拳を固め、梨由はくちびるを噛み締める。

 「どこまでもあたしは、最低なんだ…」
 そしてぽつりと、呟いた。


 ぎゅっ…

 直後、何者かの力強い両腕が、梨由の躰を後ろから抱きしめて。

 チャリ――――…

 摘まんだ鍵を目の前で揺らしながら、武瑠は言いました。

 「俺に比べりゃ、可愛いもんだ」





 そう言えば、鍵を返してもらった記憶がない。

 「それじゃあさっそく、梨由」
 耳もとで、笑って、囁くかのような、声で。

 「お兄ちゃんと、イケナイこと、始めよっか」

 武瑠は告げた。



 兄の誘惑を、受け入れることしかできなかった、その記憶ははっきりと残っていたというのに。

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