第九話:光放つ失望
もう、何も考えられなかった。
意識というものを超越し、梨由はただ兄だけを感じていた、その深みや激しさを体内まで余すところなく。
掴まれた手首にはますますゆびが食い込み、痛いのか気持ちいいのかすらわからなかった。
痛みと快感の区別もまったくつかない場所にいた。
「んっ…あっっ!」
妹が躰を反らし、絶頂を得ると、武瑠はいきなり両手を離し素早く抜いた。
蕩けた体液がひくつくヴァギナから滴り、切ない熱が溢れだす。
「……っ!」
ぶるりとふるえた武瑠は中が欲しがっていた白濁を、口許まで運び勢いよく味わわせた。
梨由は初めての行為にも拘わらず、素直に口を開けて兄を受け入れ、嚥下した。
全部とはいかず、収まりきらなかったぶんが頬に伝い落ちる。
兄と妹のすることではない、許されるはずもない。
いくら愛しあっていても罪悪は常につきまとう、眩しい愉悦のなかにも闇は確かに存在している。
それらに、心底魅せられていた、絶望的だからこそ魅惑的で背徳的だった。
ひとたび背いてしまえば逃げられない、初めから、ただのお遊びと割り切るのは不可能だったのだ。
けれどふたりは、お遊びで背徳をする。
誘われたからでも誘ったからでもなく、愛は時に取り返しのつかない倒錯を生み出す。
愛おしさが強まるにつれて、孤独感は増す。
「ごめん……汚した」
ふっと笑った武瑠は親指で、妹の柔肌を伝う淫水を拭った。
汚れてなんかいないと思う梨由は首を横に振ろうとしたが、兄のゆびの動きが心地よすぎて、大人しめに躰をふるわせただけだった。
「シャワー浴びてぇなら浴びてくれば?」
ゆびをそっと離した彼は妹に背を向け着衣を整えると、煙草とライターを手に取った。
窓が開けられ、外の空気が入り込む、先ほどまでふたりきりで密になっていた場所へと。
武瑠は口に咥えた煙草に火をつけた。
夜風が、少し汗ばんだ髪をほのかに揺らしている。
「あの……お兄ちゃん……」
シャワーを浴びてくる気には到底なれず、ここにいたい一心で梨由は声を掛けた。
「さっさと浴びて来いよ」
背中を向けたまま、兄の声色は豹変した。
息が止まりそうになった梨由は湿ったシーツをぎゅっと掴む。
「俺はこれが吸い終わったら、帰るから……」
ゆらりとした煙を吹いた武瑠は、振り向こうとしない。
嫌、とも、駄目、とも、言える雰囲気ではなかった。
引き留めることを、断じてさせない雰囲気だった。
泣きそうになった梨由はそろそろと立ち上がり、何も言わずにバスルームへ向かった。
触れたくておかしくなりそうなゆびさきを、持て余しながら。
バタン、と、ドアの閉まる音を聞いた後、悲しげに微笑んだ武瑠は煙に乗せて告げた。
「愛してるよ、梨由」
優しく肌をなぞるゆびさきでさえも、凶器になりそうで怖かった。
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