僕は君の言の葉
「養子?」
父と母が、兄には内緒で僕に明かしたその話を、僕は遠い夢の中の出来事のように聞いていた。
通常なら今頃は、寝ているか、兄の中にいるかのどちらかの時間帯だというのに。
養子養子ようし?ようしヨウシ……頭の中で繰り返すほどにそれはへんてこりんで不気味なものへと姿を変えてゆく。
「そうなの、お母さんの弟夫婦にはね、ずっと子供ができなくて……」
「アキにはずっと、不憫な思いをさせてしまったし……」
母親と父親の言葉が、ばかげた言い訳みたいにぐるぐると僕の周りを渦巻いていた。このふたりは、ふたり揃って僕に何かを話すときは、決まってその話を言い訳にしたがる。
(母さんの弟のことなんて、僕知らないよ)
優先順位をつけるまでもない、アキには僕が全てだ。僕にはアキが全てだ。
親の勝手な都合で引き剥がされるなんて言語道断、こいつらを極刑にかけてやってもいいくらいに僕とアキは心から深く愛しあっている。
アキには僕が必要で、僕にはアキが必要なんだ。
アキは僕がいなければ生きてゆけないし、僕はアキがいなければ生きている意味がない。
「ふうん、わかった」
僕はそれだけ答えて、ふたりの前を後にした。父親も母親もほっとした顔を見せたのが、これから最高の裏切りをしてあげる僕にとっては何よりの救いだった。
「サキ?」
明かりもつけずに暗い部屋で、アキは膝を抱えていた。
あいつらの無駄話のせいで、さみしい想いをさせてごめんね?
僕は優しく微笑むと後ろ手にドアを閉め、アキへと向かってゆっくりと歩み寄る。運よく今夜は満月で、レースカーテンは引かれていたが部屋はぼんやりと明るかった。窓の外のシルエットには、揺らぎがない。風も強くなく、静かで穏やかな夜だ。
「アキ……」
僕はそっと、包み込むように、兄を両手で抱き締めた。兄の華奢な躰はすっぽりと、僕の中に納まってしまう。愛おしさが膨張し、このまま窒息させてしまいたくなる。けれど、もうそんな衝動に、悩まされることもなくなる。
「サキ、どうして?」
抱き締められた兄は、僕の腕の中で何もかもがよくわからないというふうに言った。
「サキのシャツが……赤く染まってる」
ああ、アキはさいごにそれを、ちゃんと言葉にできたんだ。僕は小さな子供みたいなその言い方が微笑ましくなって、失笑してしまった。
でもね、アキ。僕の視ている未来はそれよりさらに少し手前。
君のシャツが赤く染まっているよ?
一緒にいるのに、互いの未来が視えているだなんて、まるで結婚式の花婿と花嫁のようだね。僕たちはきっと、誰よりも幸せになるね。
「アキ」
僕は今までにないくらい、優しい声で、優しい手つきで、鋭い刃を月明かりに翳して見ていた。愛しい愛しい、兄の背後で。
「愛してるよ」
「俺も……サキを愛してる」
僕を真っ直ぐに見上げ、アキは最高の微笑みを見せた。
永遠に一緒になろうね。
だって、僕がいないとアキは上手く言葉にできないから。
ねえ、そうでしょ?
Fin.
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