好きと言えたなら














 罪はないのに罰を与えられている気分だ。

 「司(つかさ)さ、数学のノート写させてくんね?」
 欠伸をしながら親友の慎(しん)が、俺に片手を差し出してきた。何の躊躇いもなく、何の熱も持たない眼差しで。
 「お前、またかよ……」
 俺は溜め息混じりに、ノートを慎へ手渡した。これは数学が苦手なこいつの、常套手段になりつつある。

 「サンキュ」
 と笑って、慎は席へと戻って行った。次の授業は現国、まさか現国の授業中にノートを写したりはしないだろうなと、俺はちらりと後方の席の慎のほうを見やる。
 慎はまた一つ、大きな欠伸をしていた。

 寝不足なのか?と思いつつ、俺もつられて欠伸をした。
 俺たちは親友同士で、それ以下になることはあってもそれ以上になることはないと、思っている、思おうとしている。

 罪はないのに罰を与えられている気分は、先日の放課後、突然告げられた慎からの「好きだ」という言葉を、無理矢理笑って冗談にさせてから常に俺の周りをまとわりつくようになった。
 それはたぶん俺も、慎のことを好きだからだと思う。
 親友同士として、仲良くしているうちに、気づいたら好きになっていた。それでも俺たちはずっと、何かのきっかけで離ればなれにでもならない限りは立派な親友同士でいくのだと思っていた。

 突然の告白を笑って冗談にさせてからも、慎は以前と変わりなく俺と接してくれている。親友として。
 俺は慎を好きだけど、恋人同士になりたいとは思っていない。俺たちが恋人同士になったところで、待ち受けているのは幸福でも祝福でもなく厄介事だらけだ。
 慎には普通に女の子と付き合って、普通の人生を歩んでほしいから、俺はあいつの気持ちを踏みにじった。
 そして、これで良かったのだと、思おうとしている。何の気まずさもなく、親友同士を続けていられるのだから。
 慎もこれで良かったのだと思っていることだろう、だからこそあの日の放課後の出来事はなかったかのように、振る舞ってくれているのだろう。以前、俺に向けてくれたような笑顔を、今でも向けてくれる。


 じつは両想いであることは、このまま葬り去るつもりだ。俺だけがその事実を知っているのが慎には申し訳なくもあるが、それ以外にきっと方法はない。
 慎への想いを押し殺すたびに、罪はないのに罰を与えられている気分が増す、じわじわと罪悪感が体内から俺を蝕む。何気ない日常を繰り返しながら、俺は仮面を被っているからこそあいつと対等な親友として向きあえているのかもしれない。

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