※※第86話:Make Love(&Melt).33








 病院を後にした薔は、暗い空が今にも泣き出しそうなことに、気づいた。


 「…………ナナ?」


 彼は宙へ呼び掛けると、風を切って走りだした。












 ――――――――…

 何を言ってるんだろう?と思ったナナだったが、笑いかけた男は彼女をすり抜け歩いていった。


 首を傾げ、ナナも歩きだしたのだけど、

 「…………!?」

 すぐに、立ち止まったのだ。


 (今の人、緑色のコート、着てた…)





 バッ―――――…!

 ナナが振り向くと、


 背後には、誰もいなかった。






 そして、

 「君の可愛い彼氏に伝えてよ、」

 その声は、後ろから耳元へ、不気味なまでにはっきりと響いたのである。






 「“ぐちゃぐちゃにして食べちゃいたいほど愛してるよ”…って。」








 「………っっ!」

 再びナナは、前を向いたのだけど、やっぱり誰もいなかった。

 辺りを見渡してみたけれど、もう人の気配はない。



 「……薔?」

 その名を宙へ呼び掛け、ひどく泣きたくなったナナは一所懸命に走りだした。















 ポツ…ポツ…

 空はとうとう、泣き出した。

 傘を持ち合わせてはいない、けれど走る理由は確かにそこにある。



 静かに降り始めた雨だったが、いつの間にかどしゃ降りへと切り替わった。








 びしょ濡れのナナは、死に物狂いで雨が流れゆくアスファルトを蹴っていた。

 ユニフォームはビニール袋に入っている、構ってなどいられない。



 帰る場所なら、もうすぐだ。






 そのとき、


 「ナナっ!」


 雨の中、必死で彼女を呼び止める声がして、

 「薔っ!」

 ナナは応えた。






 声のしたほう、彼のほうへ、ナナは転びそうになりながらも、走って、


 ぎゅっ…

 雨に濡れながら、ふたりはつよく抱き合っていた。


 打ち付ける粒は冷たいけれど、互いの体温がかなしいほどに浸透してくる。





 「ごめんな…」

 どしゃ降りのなか、抱きしめながら薔は言った。

 「こんな、雨ん中、おまえを一人で走らせちまって…」






 「何をおっしゃいますっ…!」

 想いの限りにしがみついて、ナナは返した。

 「薔だって、走ってたんですから、それこそおあいこですよっ…!」

 と。




 「ん…、そうだな、」
 薔は笑って、さらにつよくナナを抱きしめた。






 様々な感情を敷き詰め、また覆い隠すよう、冷たい雨は降りしきる。

















 …――泣いているような、
          気がした。


 どしゃ降りの雨に紛れ、決して見せないようにしているけれど、


 あなたも泣いている、


 そんな気が、したんです。











  ...It rains not showing me your tear incessantly.

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