彼は、帰って来なかった。大量に連れて行った奴隷も帰って来たのはモルジアナだけで後は全員途中で死んでしまったらしい。モルジアナが事細かに私に教えてくれた。領主がいなくなった今、新しい領主にはアリババというダンジョンを攻略した少年が就いた。まだ齢17だと云う。そしてその少年の婚約者には私の名前が挙げられたそうだ。父が私にそう云ったんだ、間違いないだろう。それが自然の流れ何だ。
国中は新しい領主を讃える宴と化している。もう、あの暴君ジャミルはいないのだ。国民からも奴隷からも、誰からも支持されていなかったジャミル。葬儀さえも執り行われず、墓も建てられず、更には遺留品は全て燃やされてしまった。灰になったもの達を、私は唯見ていることしか出来なかった。遺ったのは私が彼から貰ったあのネックレスだけだった。赤い石は輝きを保ちながら尚私の胸元で光っている。
「…アリスさんはこれからどうするつもりですか?アリババさんと婚約して、このままこの国にいますか?」
『…さあ、まだ考えてないや』
「…アリババさんは優しい方です。きっとアリスさんを幸せにしてくれるでしょう。私達奴隷はいつもアリスさんに救われていました。だからアリスさんには幸せになって欲しいのです」
幸せ、って何なのだろうか。私の幸せは新しい領主と婚約することにあるのか。そこまで考えて首を振った。
『…わかんない、なあ』
ジャミルが横にいないという事実がわからない。誰もがそのうちジャミルを忘れてしまうだろう。彼の存在は酷かったものとしてそのうち跡形もなく消されてしまうだろう。―――…だけど私だけは、彼が優しくて大切で愛おしかった、そのことをずっとずっと覚えていよう。私だけは彼を想っていよう。

躯を持たぬ君と手を繋ぎたい
(私はジャミルを忘れないよ)

×