彼に見付からないように、私は奴隷の彼等の住み処である小さな小屋に来ていた。鉄でつくられているその小屋は冷たさしか感じられない。此処にはこうしてたまに来ていたりしている。ジャミルからはあまりご飯を貰えていないみたいだから私が隠れて持って来たりする。それは他人から見れば偽善かもしれない。それでも私は私に出来ることをしたい。 『…こんにちは、』 「アリス様…っ!またいらっしゃったんですか?此処に来てはアリス様まで領主様からお叱りを…!」 『大丈夫だよ。ジャミルは私には甘いから。…それよりも今日は林檎を持って来たんだ。良かったらみんなで食べて?』 紙袋に入った真っ赤な林檎を差し出せば奴隷の彼は顔を綻ばせた。 「わざわざありがとうございます」 そういえば、とふと思って辺りを見回す。いつもいる女の子がいない。私よりも少し年下の、赤茶の髪が印象的だった。どこにいるのかと尋ねれば、彼は辛そうに顔を歪めた。その表情からその少女がどうなってしまったのか、容易に想像出来た。 「―――…あの奴隷だったら僕が殺したよ」 後ろから聞こえた声に身体を震わせた。誰の声だかすぐにわかってしまって背筋に冷や汗が流れた。 「アリスは悪い子だなあ。此処には来ちゃいけないって云ってたじゃないか。こんな汚いところ、アリスが来ていい場所じゃないよ」 『―――…ジャミル、』 にっこりと私に笑みを浮かべる彼。彼は次にさっきまで私と話していた奴隷に目を向けた。彼の顔が歪んだ。長い脚が奴隷の腹に食い込んだ。そのまま倒れる、彼。何度も何度も蹴られる。血が、流れる。止めて、何て云えない。云うことが出来ない。云ってしまえば彼の暴力が酷くなるとわかっていたから。だから私は彼の華奢な身体に後ろから抱き付いた。 『…ごめんなさい、ジャミル。もうこんなところ来ないから』 彼の脚が最後に思いきり身体を蹴った。それで脚が下ろされて、彼は此方を見た。いつもの笑顔で。 「絶対?」 『うん、絶対』 「約束だよ?」 『うん、約束』 彼に正面からきつく抱き締められる。彼の胸に顔を埋めた。
貴方が壊れる音が聴こえる (唇を噛み締めたら血の味が口の中に広がった) |