「テキーラ・アニェホ」
ショットグラスに注がれる濃い琥珀色の芳醇なそれを、「まるで蕩ける様なお前のくちづけ」だと視点の定まらない目で言っていたあの男を思い出し、思わず笑ってしまった。僕の唇はテキーラほど安くないと軽口を叩けば、男は大袈裟に肩を竦めていた。
僕が背を向けてシャツを羽織ったその隙に、せせら笑ったその男が、そうでもないと小さく呟いた事を知っている。

ふと顔を上げると、僕の向かい、皮張りのソファーに腰掛けてカードを繰っている雲雀の訝しげな視線と搗ち合った。途端に変わる、不愉快だと言わんばかりの表情はきっと僕の思考を見透かしたからなのだろう。
刺さる様なその眼差しに欲情してしまう前に、テーブルの上のグラスを取り上げて遮る。
「さあ、美しい負け犬」
「……黙れ」
低く唸る雲雀の乱暴な手に奪い取られた衝撃で、グラスの中身が零れて僕の手首を濡らし、ぽたりとテーブルの上に落ちる。
おやおやと軽く笑って胸元からハンカチーフを取り出そうとした時、雲雀は濡れた僕の手を掴み寄せ、薬指の先を甘く噛んだ。犬の様な姿を愉快な気持ちで眺めていると、ぬるりとした舌で手首まで丁寧に舐めて、上目遣いに見つめられる。
「逃げられると思うなよ」
熱っぽい眼差しと、自信に満ちた声色。瞠目する僕の手を払いのけた雲雀は躊躇なく熟されたテキーラを飲み干し、唇を歪めて笑った。
ちらりと見遣った腕時計が指し示す時刻は午前0時。僕が繰り返し肌を重ねる男と落ち合うのは午前2時、…いや。雲雀が所有するこのマンションから一駅と離れていないホテルに、男は何時も必ず30分遅れて現れるのだから、2時半。
空いたグラスにテキーラを注ぎ、挑発する雲雀の手からカードを取り上げる。
「先に三勝した者が勝ち、勿論、負ける毎にテキーラを飲み干す。現時点で僕の一勝だ」
「勝利の褒美は?」
「さて何に……おや」
胸元で振動する携帯電話に気付いて反射的に手を遣ると、雲雀が身を乗り出して僕の胸倉を強引に掴み寄せ、ポケットに指を潜り込ませた。番号を確かめる漆黒の瞳に浮かんだ鋭い苛立ちが僕に電話の相手を教える。
まるで手折った花を捨てるように優雅な所作で震え続ける携帯電話を床に落としたその手が、酷く淫らに感じられ、僕は思わず目を逸らした。
「褒美は君だろ?」
テーブルに膝を着いた雲雀が、僕の後ろ頭を引き寄せて耳打ちした。耳朶に触れる吐息が緩やかに首へ落ちて鈍い痛みを感じ、慌てて雲雀を押し退けようとすれば柔らかい舌に熱を舐め取られた。
肌に刻まれた赤い勝利宣言の下、差し出されたカードを受け取る指先が狼狽し、手から零れる。


20120304
大学生設定。綱骸に横恋慕の雲雀。
「褒美は君だろ?」