所詮生きている次元が違うのだ。
大企業の一人息子と、古武術道場の次男坊では。
「こっち向きな」
ソファの上で、押し倒されてなお日吉は命令には従わない。
テーブルの上に散らばったトランプに視線を向ける。
この人に似合うのはダイヤのキング。さしずめ自分はスペードのジャック。
富の象徴の王様と、剣を持ったその他大勢の兵士。
「おい、またくだらねぇこと考えてんじゃねぇだろうな」
「…それがお互いの為でしょう」

吐き捨てるように呟いた言葉に、さぞかし不機嫌な顔をしていることだろう。
自分のせいで、あの端正な顔を歪められたと思うと少しだけ愉快だ。
口元に皮肉な笑みを浮かべて、望み通り顔をそちらへ向けてやる。
「アンタはいずれ、どっかのお嬢様と結婚する。それが御曹司としての努めでしょう」
「アーン?」
「俺は男で、アンタとは結婚出来ない。跡部家にとってマイナスしかないですよ、このままズルズル付き合い続けても」
言うだけ言って、視線をまたトランプに戻した。
生徒会長室を独占出来るのも、今自分たちが寝転がっているこの高級そうなソファも、跡部景吾が跡部財閥の嫡男であればこそ実現している物だ。
なんの地位も権力もない、ちっぽけな存在の自分の為に、その何もかもを捨てろとは言えない。
ならばいっそ抜け出せなくなる前に、きっぱり別れた方がお互いの為。
それはもう何度も考えたことだった。
「約束が違うだろ」
先程までの苦々しい表情は消え、余裕の笑みすら浮かべて跡部は言う。
「別れたいってのがてめぇの望みなら、叶えてやるよ」
日吉は耳を疑った。反射的に跡部の方を向く。
「ただしそれは、俺に勝ってから言いな」
長い指が自分の髪を優しく撫でる。
「今回勝ったのは俺様だ」
トランプが宙を舞う。
たかがお遊びの賭け事なのに。
そのお遊びにすら、自分は勝てなかったのだけれど。
優雅に日吉に口付けた後、目を細めながら
「なあ、海外では男同士でも結婚が出来るって知ってるか?」
「!!」
「全く御曹司ってのは便利だよなァ?」
「…頭、おかしいんじゃないですか」
ニヤリと笑って言われた言葉に、頬が熱くなるのを感じながらそう返すのが精一杯だった。
満足気にキングは笑う。
「俺から逃げられると思うなよ」
諦めて日吉は全身から力を抜いた。


20101108
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「逃げられると思うなよ」