今ならば体中の傷痕を辿る僕の指を甘受してくれないだろうかと、退屈ばかり宿している男の顔を眺めていた。逞しい指一つに託された幾つかの命令をこなしたのち、男は転がる残骸の傍らで舌打ちを一度。そしてまだ細い煙を吐いている銃口はこちらに向けられ、静寂を切り裂く瞬間だけ待ち構えているようだ。邪魔だ、と呟いた声は硝煙に澱んだ空気を伝い、僕の心臓を心地好く揺らす。高ぶる己を制しながら一歩足を進めれば、すぐに僕の革靴の爪先を銃弾が掠めた。男と僕の間で蠢く醜い人間を僅かに焼けた靴の先で蹴り飛ばして避ける、その塊を見下ろす男の視線に恋い焦がれる。
「…隠し通せているつもりか?」
そっと双眸を細めたら、男の唇が嫌悪に歪んだ。欲望を食い尽くした権力者が設えた悪趣味な室内でふたり向かい合い、軽蔑と殺意を差し向けられて、どうして喜ばずにいられるものか。僕は思わず声を漏らして笑い、男は更に感情を強く示す。
「全てテメェの引き金だ」
吐き捨てられた言葉と共に男の愛銃が唸り、足元で震えていた醜い人間が一瞬衝撃に揺れて静止した。
息絶えたその醜悪なる者とは幾度か言葉を交わしたが、仕事の話の最中にも下卑た冗句を挟まれ不快感を煽られたことを思い出す。昨夜は等閑に酒と肉を食らい、若く美しいばかりの女を撫でていた。今日この日の悲劇を、僕が誘った又とない幸福な機会を、予想もしていなかっただろう。
革靴の音を殺して緩やかに男に歩み寄り、真紅の瞳を見詰め返して頷いた。
「君の知る事実は、真実の隙間にある」
腕を伸ばせば届く。しかし、それまでに撃ち抜かれる。
侮蔑に満ちた表情が嘲笑に変わった瞬間、男が僕の髪を乱暴に掴み寄せ、静かな吐息が顔に触れた。
「…ザン、」
「興味ねぇな」
頬まで伝う古い傷は乾いて、肌の色を侵し、柔らかな皮膚を引き攣らせている。ああ、丁寧に、愛しんで撫でたい。疼く欲求に駆られて密かに唇を噛めば、男の長い睫毛の下、誇り高き赤色が艶やかに揺れた。


20100911
「興味ねぇな」