「あ、」


ソファに座って俺の横に座り、肩にもたれかかって一緒に映画を見ていた先輩であり恋人であるなまえさんがふと声を上げた。始めはテレビ画面の向こうの世界に対しての声かと思いきや、別に映画の展開は特に動きのない平和なヒトコマだった。
ちらりと目線だけを彼女の方に向けると、画面を見ているはずの目は俺に注がれていた。となりにくっつくような至近距離で見上げられていた為に俺の心臓は不意に飛び跳ねた。無論、映画の内容は一切関係なく、だ。

相変わらず画面は平穏な日常場面を映し続けていて、彼女の声の真意が分からない俺は彼女を見たまま固まる。しかし気がついて見れば、なまえさんは確かに俺を見てはいるが、視線がかち合わなかった。俺の顔の、目、以外の何処かにまじまじと食い入るような視線が突き刺さった。


「…なんですか」


俺の呼びかけにもなまえさんの視線は揺らぐことなく一点に注がれている。「…ひよって」ようやくなまえさんの口が開いたと思えば、それは俺には予想外な内容だった。


「ひよって、耳にホクロあるんだね」

「…は、」


思わず彼女の方に振り返ろうとすると、動いちゃだめ、と小さな両の手の平が俺の頭を包んだ。なまえさんのささやかな力での制止など簡単に抗えるのだけど、されるがままになるのは彼女と俺の関係が如実に表れた結果だ。
「どこですか」と尋ねたら、彼女の人差し指が俺の耳の髪がかろうじてかかる位置の後頭部側にある内側の一部分に触れた。そこは確かに俺が自分では見ることの出来ない場所だし、普段は髪の毛で姿が見えないのだろう。隣で俺に寄りかかって、見上げるようななまえさんの目に止まるくらいの、微妙な位置。

なまえさんが俺の耳のほくろと俺の目を交互にみては、「ね」と言って嬉しそうに目を細めた。たかだかほくろを見つけただけで随分と上機嫌だった。
そんなこと言ったら、俺はなまえさんの身体のほくろの位置なんて全部知ってる。それこそ、他人や本人すら知り得ない場所のだって、全部。
なまえさんのほくろにキスするのだって割と好きだ。だからするんだが、彼女には見えない位置にある場所だと、なんでそこにキスするのかなまえさんには皆目検討がつかないらしい。
「ひよいつもそこにキスするね」って照れたように言う彼女に何も告げず、一人だけの俺しか知らない秘密のようにまたそこにキスをする。まるで目印かのようにそこにある星粒のような黒い点まで愛らしく感じてしまうのは、もはや手遅れだと言えようか。

そこまで思い出してみれば、俺しか知らないなまえさんのほくろを俺はとても嬉しく思っていることに気がついた。きっと、彼女ももしかしたらそんな気持ちなのかも知れなかった。ただの願望ではある、たかだかほくろの位置でさえ知れたら幸せと思えるくらい、なまえさんが俺を好いていてくれたら良いという願望だ。

そうしているうちになまえさんが隣で膝立ちになって、俺の耳にキスをした。彼女の言ったほくろのある位置に。始めはなにをされたか理解できず、なまえさんの息が耳にくすぐったく触れて、柔らかい感触がゆっくりと離れたときに、彼女の照れた頬をみてキスされたんだと分かった。


「…え、」

「…へへ」

「な、なにするんですか」

「いや、なんとなく、したくなって」


だらし無く笑ったなまえさんの頬がみるみる赤く染まっていく。自分からしたくせに熟れた林檎のようになってしまった。そして俺も、彼女の突拍子もない行動に、触れられた耳から顔が熱くなるのを感じた。
本当、なまえさんは、ずるすぎる。いつもそうやって人を掻き乱すんだ。俺が幼少に、祖父や父に叩き込まれた武道の精神とか、自制の心だとかそういうものを簡単に突き崩す。実は最強なんじゃないか、もしかしたら対俺ように作られた兵器なのかもしれない。だってなまえさんの全てが尽く俺の弱点を突いたり、俺の思いを見破ったりとか、そんなの卑怯じゃないか。どう考えたって、敵いっこ、ない。



俺のほくろにキスをして満足したのか、なまえさんは再びきちんと座り直して俺に寄りかかってきた。俺の左肩にぴとりとくっついた。そして何事もないかのように画面に視線を戻す。彼女なりの照れ隠しと知っている俺はなまえさんに倣って画面を見た、だけれども、さっきまでのように内容は頭に入って来なかった。左側半身だけが妙に熱くてそちらにばかり感覚と意識が集まっていた。



「でも、やっぱり」



しばしの沈黙を破ったのは彼女だった。なまえさんは画面を見ながらもおかしそうに笑っていた。勿論映画の場面はそんなシーンでは一切ない。


「なんです」

「いや、噂は本当だったんだなって」

「噂?」


先を促すような俺の問い掛けに、なまえさんは焦らすように子供っぽく睫毛をパチパチとさせて俺を見た。そして悪戯に口角を上げた。



「耳にほくろある人ってエッチな人なんだって」



してやったりというようななまえさんの笑顔。そっかぁテレビも当たるなぁ、と納得した様子でまたテレビの方に意識を持っていった。
は、なんだ、それ。そんなことを言われたくらいでなまえさんは俺が照れたり驚いたりすると思っているんだろうか。大体
、お前エッチだなー!なんて言われてからかうのなんて今日日、小学生だってやらないんじゃないか。
高校生になってもしまえばそんなこと言われたってなにを凹むこともない、むしろ。


「そうですか、俺ってそうですかね、なまえさん?」

「…え、」


彼女としては、俺にテレビでやっていたその内容を告げた時点で話しては終わっていたので、素っ頓狂な声が漏れ出た。まさか話題にされるとは思ってもいなかったのだろう。


「ひ、ひよ?」

「エッチとか言われても、自分じゃよく分かんないですね。俺ってそうなんですか?」

「ちょ、ひよ、」

「分からないんで、確かめさせてください」



自分でも、自分の口が意地悪く歪んでるのが分かった。嫌な気配を感じ取ったなまえさんが距離を置こうと身を引いた隙を狙って、手を取って引っ張った。小さななまえさんはされるがまま、力の働くままに俺の方に傾いて、そしてそのまま倒れ込む。
ソファに、俺が寝転んで、その上になまえさんが乗ってる状態だ。

俺にがっちりとホールドされたなまえさんは、この態勢から抜け出そうと身を捩った。だが力の差は歴然で動くことはない。むしろ、捩れば捩るほど、嗜虐心が煽られてメラメラと燃え上がる。俄然、ノリノリな状態である。


なまえさんの鼻や頬にキスしたら怯えたように目をつむった。今度は、さっきされたみたいに耳にキスをしてやる。まあ俺の方はもっとねちっこいキスだが。


「あぅ…、ひよ、」

「あれ、でも、」

「ん、」

「おかしいですね、なまえさんの耳にはほくろ、ないですよね」


こんなにエッチなのにな、と囁いたらもっと赤くなって泣きそうに目が潤んだ。なのに、ぎゅうっと俺の首にしがみついてくる。可愛い。これだから、なまえさんを虐めるのは止められない。病み付きだ。


しがみつかれたまま、身体をくるりと反転させて、なまえさんを組み敷く形にした。「じゃあ、俺がエッチか試してみてもいいですか」なんて業とらしく尋ねた。なまえさんは泣きそうな声で「もう十分エッチだよ…」なんて言うけど、抵抗の破片すら見えない。


そうして、俺は彼女の身体中のほくろにキスをするべく、なまえさんのシャツに手をかけた。



検証とその結果

20110324
エッチエッチ言い過ぎた。久しぶりに書いた話がこれって…。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -