今日は一日中そわそわしてる。なんでだろう…。そんなの、分かりきったことだ。私はずっと待っているんだ、日吉くんからの、ホワイトデーのお返しを。
日吉くんは律儀だ。礼儀正しい。無頓着そうに見えて案外そうじゃない。私の誕生日を忘れたことはないし、クリスマスとかの行事もふたりで一緒に過ごすため予定を空けててくれるし、プレゼントだってくれる。付き合って何年経ってもそれは変わらない。
世間に踊らされてるなぁ、なんて思いながらもチョコレート戦線、バレンタインデーも私たちふたりは例に漏れず、恋人同士のイベントとして過ごした。
日吉くんはモテるけど。私と付き合っていることは周知であったためか、チョコレートを渡す女の子はほぼいない。テニス部レギュラーのバレンタインチョコまみれの壮絶な争いに日吉くんは無縁だ。
「俺はアンタ一人からのチョコで十分です」なんて、日吉くんはすごい優しい。
そう、律儀な日吉くんだ。ホワイトデーのお返しは、必ず毎年あった。照れ臭いのか、そして早く済ませたいんだろう。朝、あったときにぶっきらぼうに渡されるのが恒例だ(そのときの日吉くんは、顔を背けているけど、耳まで真っ赤で凄い可愛いんだ!)。
なのに、今年は、まだない。
渡し忘れたのかな?なんて朝別れた後に思ったけど。その後昼休みや部活前に会ったときもそんな気配はなかったし。今だって帰り道、もうふたりの別れがすぐそばまで近づいてるのにそんな様子はない。
ひ、ひよしくん、本当に、忘れてる…?
しょぼん。私は落ち込んでいる。そりゃ、ホワイトデーのお返しが全てだって思わない。日吉くんは、そんなイベントとは関係なしに、毎日私と一緒にいて、そして、愛してくれてる(あ、あいって恥ずかしいな)(でもそれが一番ピッタリな表現だ)。
だから、ホワイトデーのお返しがないからって責めるのもお門違いだし、私に対して愛が薄いってわけでもない。それは、分かってる、けど。
やっぱり、寂しい。何くれるのかなぁ、なんて、期待してたし。あと、お返しの、そのときに日吉くんがぎゅっとしてくれたり、ちゅーとかしてくれるじゃないかってあわよくばの期待も。
でも、朝からホワイトデーに関する日吉くんの提案は一切ないし、いつも通り学校での日々はすぎてしまった。今は電車だし、もう日吉くんの降りる駅に着く。きっともう今日はなにもないのだろう。それで落ち込むのはおかしい。日吉くんは今部活も忙しいし、仕方ない仕方ない。わ、私、泣かない!
会話もいつもよりも全然ない。私の口数が自然と減っているのもあったし、日吉くんも饒舌な方ではないが、今日は特別喋らない。日吉くんとの間の沈黙は嫌いじゃないし、むしろ喋らなくても心地好い、はずなのに。今日は空気が重く感じるのは、私の所為なのか。
日吉くんの降りる駅に着いた。じゃあね、また明日。そうやって手を振っていつものように別れようとした。そうしたら、今まで黙っていた日吉くんが急に私の手首を掴んで、私が降りる駅はずいぶんと先なのに私ごと駅に引っ張って降りた。
「え、ひよ、」
無言で引っ張られて、そのままホームの隅に。降りて、乗って、人が動くのを見送って、電車が発車したら、ホームの人はほとんどいなくなった。
「ひよ、痛い」
「あ、す、すいません、つい」
ぎゅうっと握られた手首を解放された。どうしたんだ、急に。伺うように日吉くををみたけれども、顔を逸らしてなにか言い淀んだ。表現は切羽詰まったような、硬いものだった。
「ひよ、な、なに」
「…る」
「え」
「アンタに、やる!」
真っ赤になった日吉くんに渡されたのは、リボンがかかって綺麗に包装された箱。これは、もしかして、もしかしなくても。
「お返しだよ」
ぶっきらぼうな口調。照れてる、目線を合わせてくれない。忘れて、なかったんだ。
「あ、ありがとう」
「…ああ」
「開けていい?」
勝手にしろ、言われたので、勝手にします。うれしくて綻ぶ口許を隠すことなくラッピングを解いた。縦長の、箱。なんだろう、いつものお菓子とか、そういうのと感じが違う。この箱一杯にキャンディが詰まってるとは考え難い。わくわくしながら開けたら、そこにはシルバーの小さなハートのネックレス。
「ひよ、」
「偶然、偶然見つけたんだ、それで、アンタに似合うんじゃないかって」
怒ったような口調で言う日吉くんが可愛い。偶然って、でもこういうのが売ってる売り場に、日吉くん行ったんだよね。それだけで相当うれしい。でも、私のバレンタインは、手作りチョコだったのに、釣り合いが取れてない気がする。いや、一生懸命に作ったけれど、どう考えても、日吉くんのほうが。
「貰って、いいんだよね」
「当たり前でしょう、じゃなきゃ、お返しじゃない」
「ひよ、うれしい、ありがとうっ」
日吉くんからアクセサリーを貰ったのって、実は初めてだ。誕生日とか、ぬいぐるみ(これも日吉くんが買っているところを想像すると、可愛いすぎて…!) とか、ヘアピンとか、マフラーや手袋とか実用的なものとか。アクセサリーって、彼女って感じが強い気がする。やばい、うれしすぎる。日吉くんも、だから、恥ずかしくて私づらかったのかな。小さなハートのモチーフがキラキラしてて、可愛い。
「大切にするね、」
「出来れば、たくさん付けてください」
「毎日つけるよ」
「…そうしてくれたら、うれしい、です」
日吉くんがくれたものを毎日肌身離さずつけていられるって、幸せだ。さっそく付けてみて、どう?って日吉くんにたずねたら。可愛いです、小さくつぶやいて、日吉くんは屈んで、こっそりと私の鎖骨のところにキスをした。
「わか、」
「ああ、もう、あんまり可愛いことしないでください」
「え」
「帰したくなくなる」
明日も学校だなんて、少し恨めしいね。次の電車の時間が近づいて、人がまばらに集まりだした。遠くに感じるそんな日常の風景を眺めながら、私と日吉くんは手を繋いで、静かに目を合わせて笑って、私が乗る電車を待った。
君に送ろう
20100313
拍手文だったものです。