日吉くんとお昼の時間を共にするのは日課である。日課といっても別に決まり事というよりは、自然とふたり中庭に集まってしまうといった方がいいのかもしれない。一緒にいられる時間の少ない毎日の中で、それは必然的な事項だった。

中庭は私たちがなにかと良く過ごす場所である。中学のときからずっと縁があるようだ。この前仲直りできた場所も中庭だったし。業者や先生や生徒たちの手によって隅々まで整備された花壇は見物だ。
桜が散ってしまった今も綺麗に花を咲かせている。そんな花壇に囲まれ、公園にあるようなものよりも洗練されたお洒落なデザインのベンチに座って太陽の日差しを浴びるのはとても心地が良かった。
学食や教室や交遊凍ほど混み合わないので、ひっそりと静かだ。まるで時間が引き延ばされたかように、とてもゆっくりに感じた。喧騒を好まない日吉くんからすると、中庭の秘密めいた風の音や遠くで聞こえる微かな話し声などが気に入っているようだった。私もとても、好きだった。


そんな中庭大好きな私たちだが、いくらなんでも毎日毎日そこにいるわけではない。雨などの自然的な事由もあれば、氷帝の学園行事により使用できないなどの人的な要因もあったし、ただの気分で場所を変えることだってよくあった。


5月の春に区分される日だったのにその日は暖かいというよりは、どちらかといえば暑いと感じる日だった。日吉くんは地球温暖化だな、と呟いた。
風も相変わらず強かった。中庭の花壇の花たちはなされるがままに体をしならせて倒されていた。風は地面を這ってから上へのぼるようにして動いていた。砂ぼこりが巻き上げられて、その様子をよくみることができた。そんな昼休み、いつものように私が外へ出ようとしたら、日吉くんに酷い剣幕で怒られたのだ。


「ちょ、名前さんアンタは馬鹿か!」

「え、…え!?」

「こっちに来てください!」


そのまま手首を取られてぎゅうと引っ張られた。すぐに中庭へ続く校舎内通路へと引き戻されてしまって、そして風によって乱れた私の髪を手櫛で軽く整えてくれた、ため息混じりで。私としては正直たじたじである。うっかり片手に持っているお弁当を落としてしまいそうになった。


「…全く、名前さん…」

「な、なに、なにがダメだったの…!」

「相変わらず危機管理とか皆無ですね」

「だ、だって、いつものベンチ早くしなくちゃ取られちゃうよ」

「…風、今日、強いですよね」

「強い、ね」

「……スカート」

「…え?」

「いや、なんでもない」


それっきり赤く俯いてしまった日吉くんは相変わらず難しい。少し不機嫌みたいだった。お互いに素直になろうと決めたけれど、日吉くんの気難しいところは私にはなかなかわからない。でも、そんな姿もやはりかわいいので私の口はムズムズと緩んでしまう。
私がにやけてるのを敏感に感じとった日吉くんはますます不機嫌になってしまって少し失敗してしまった。


「今日、上で食べましょう」

「風強いから?でも、きっと混んでるよ?」


ニヤリ、日吉くんが笑った。これはしてやったりとか、得意げなときの種類の笑みだ。意地悪な感じの表情だ。因みに日吉くんはこの時はとても生き生きとしている。

制服のズボンのポケットに手を入れて、日吉くんが取り出したものは細長くて少し大きめの特有の形をした鍵。本来は生徒が持っているはずのない教室施錠用の鍵だ。その鍵に付いている黄色いプレートを見てみる。


「図書…準備室、」

「今日はここで食べましょうか」


図書準備室、そんな生徒が普段入れないようなところの鍵を片手に、日吉くんは先へと進む。きっと出所を聞いたとしても日吉くんは答えてくれないような気がしたので、私は黙ってそれに従った。日吉くんは案外平気でこういうことをしたりする。本当は年長者として、彼女として咎めなくてはいけないのかもしれないのだけれど、私はそれをしなかった。
なにはともあれ、風の強い中庭でも、生徒で込み合った教室や学食で食べなくて済むことに(日吉くんと静かにふたりで過ごせることに)、まあいいかという気持ちにすぐなってしまうあたり私と日吉くんはお似合いなんじゃないかと密かに思う。日吉くんの背中に隠れてほくそ笑んでしまうのを、きっと日吉くんは知らないだろう。



* * *



カチャリ、鍵を開ける時にいつもどこかしらわくわくするような、浮ついた気持ちがするのは何故だろうか。これは小さな頃からの謎である。昼休みの人気のない図書室奥の準備室。氷帝図書室準備室は2つあり、ひとつはいつも解放されていて、図書委員が使用したり、新刊のバーコードつけとか表紙を剥がれないようにするためのビニール加工したりする部屋。そしてもうひとつが、普段は絶対生徒が立ち入ることの出来ないこの準備室だ。準備室というのは名ばかりで、実際には閲覧禁止や持ち出し禁止の貴重な本で溢れた部屋なのだ。古くからある名門、氷帝学園ともなれば、貴重な本が寄贈されたりしている。

藤色の無地のカーペットがひかれた普通とは違う教室。空調も、本の保存、維持のために完璧に整えられていた。氷帝に幼稚舎から長年いて、中等部の頃からすでに高等部の図書室にお世話になっていたが、この準備室に入るのは始めてだった。
蛍光灯の光でも日焼けしてしまうために部屋は薄暗く保たれていた。小まめに清掃されているのであろう、埃っぽいとかそんな印象はない。それでも、鬱蒼とした文字の壁に囲まれて自然と圧迫された。ごくり、息を呑んだ。


「すご、…なんか」

「ええ、こう、空気に重みがあるというか…」


きっと普通の生徒は学園生活を営む上で立ち入ることのないであろう場所(本が必要なときも普通は生徒は入れて貰えず、本だけが手渡されるのだ)。そんなところにいるという緊張とかちょっとした後ろめたさでドキドキした。隣にいる日吉くんもしかり、な、様子。


司書の先生用の机があったけれど、形式上だけで物置と化しているそこではご飯を食べれそうにないので、ふたりしてカーペットに座り込んてお弁当を広げた。
日吉くんのお弁当は私のお弁当箱の2倍くらいの大きさで、それをペロリと平らげてしまうのだからやはり男の子だ。食べ方も、よく咀嚼て飲み込む、箸遣いも正しくて、姿勢もまっすぐで上品だ。食べ方まで綺麗な男の人ってなかなかいない。
こういう端々に日吉くんの育ちの良さを感じさせられて、私はちょっと恥ずかしくなる。昔は、日吉くんの前でご飯を食べるのが苦手だった。別に、食べ方が雑というわけではないのだけれど、日吉くんと比べたら明らかに私の方が劣っていることが目に見えて嫌だったのだ。

女の子としての意地とプライド、とでもいうのかもしれない。やはり、日吉くんの彼女として、所作とかそういう面で負けてしまうのは少なからず日吉くんの彼女の自信を揺るがすものだったのだ。日吉くんの好みのタイプが清楚な人と知っていたから、尚更。

そんな時に日吉くんが私に言った言葉と言えば「俺は、アンタが美味しそうに食べてる姿が好きです」という一言。きっと、私の些細な不安もなにもお見通しだったのだろう。真っ赤になってそんなことを言われたんじゃ、私の恥ずかしい気持ちなんてとってもちっぽけだったんだと思ったし、なにより、日吉くんには敵わないなぁと思い知らされたのだ。


懐かしい思い出。向かい合わずに隣合わせに座ってお弁当を食べていたら込み上げてふふふと笑ってしまった。日吉くんは怪訝な顔をする。


「…なんです、急に」

「いやぁね、なんか、思い出し笑い」

「やらしい人ですね」

「ひよとのことだよ」


なんとなく、凄いことだと思った。中学のときからずっと続いていることに。こんな小さな不安から大きな不安までをない混ぜにしてそれでも私と日吉くんはずっといる。断片的ではなく、続いているんだ。不思議なことだしでも不自然ではない。
必然というか当たり前のことのように感じる。すごいことのように思うけど、なんてこともないのかもしれない。難しい。けれど、こんな昼休みみたいな時間だって全部大切なんだ。


お弁当を片付けて、ふたりで話したりしながら残りの時間を過ごしていたら、肩にこてんと重みがかかる。頬にサラサラな髪の毛と、清潔なシャンプーの匂いがして、日吉くんの頭がもたれ掛かってきたことを知る。
呼吸がゆっくりで、日吉くんは眠たいんだろうなぁって思った。


「眠いの、ひよ」

「少し」

「ここって不思議よね」

「ええ」

「少し寝ても、大丈夫だよ」


私の返事を聞いてか聞かずか分からないけれど、日吉くんがゆっくりと眠った。
校舎内のはずなのに、音が少ない。まるで本たちが全てを吸収してしまってるみたいだった。音も空気も全部食べて、きっと本は少しずつページを増やしていくんだろうか。

人の頭の重みはどこかしら心地好い。何故だろう。西瓜一個分と言われる重みを肩に乗せているのに、とても落ち着くのだ。それとも、この人の頭というのが日吉くんの頭だからこんなにも愛しく感じるんだろうか。
空気が優しい、日吉くんの匂いが近くにある。
日が必ず沈むように、抗いようもなく私の瞼も落ちてきて、眠りの膜に包まれた。

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