*微妙にいやらしい

*倫理観に反する

*みんながみんな倒錯的な3人のお話






こんなのおかしい、彼女はそう言った。
何がおかしいのか、おかしいとするのであればそれは誰が決めたのだ、と彼は問うた。それに反論していた彼女は最早いない。彼に掛れば彼女の正論など拙い幻想でしかなく、また彼の言葉は暴論にしか過ぎずとも諭されるように滔々と語り聞かせられると『そうかもしれない』と、一種の催眠に陥るかのように信じこまされてしまうのだ。
天地が逆転したとも、星々が地球を中心に回っているとも彼が実しやかに喋ればそれが事実なのだと思い込まされてしまうのだ。


俺も、彼女に話す彼の、柳の言葉を聞いている内に何が正しいのか時々分からなくなった。
常識や倫理などはかなぐり捨ててでも欲しいものはきっと誰にでもあるものなのだ。それが、偶々一致した、だけの事なのだ。
利害関係だ、柳蓮二、彼ほど味方として頼もしいものはないと仁王雅治ーーー俺はそう思ったのだ。


薄暗い暗室、普段は使われない教室の一角。鍵が掛かり、騒がしい教室棟から離れた人気のない部屋だ。暗幕用の黒い遮光カーテンから微かに差し込む日差しに舞い上がった埃がキラキラと光るどこか後ろめたさを助長させるような部屋だった。
古い家具や使われない季節の行事の物がに溢れた物置として学校に存在はしているものの、活用はされていない。新しいものに調度されてお役御免となった応接室の革張りのソファが無造作に置かれていた。それに腰掛けているのは柳と、今日も彼に洗脳染みた言葉を浴びせられて判断力の鈍った名前だ。罪悪感に苛まれて流されるがままの哀れな女だ。こんな奇妙な逢瀬も、もう何回目になるだろうか。

柳が彼女の髪の毛を愛おしそうに撫でた、今にも壊れそうなお人形さんを扱う様な指先だった。


「ほら、名前。仁王が見ているぞ」

「や、やだ、柳くん、」


俺の観察する様な視線を感じた柳は、態とらしくそれを彼女に指し示す。そうした上で、名前の唇にそれはそれは優しく口付けた。驚いた名前の「んん、」という小さな声が妙に響いた。

少し離れた引き出しの壊れた教員用の机に行儀悪く腰を掛けて2人を眺めた。
初めは軽く、何度か唇を重ね合わせる、ちゅ、ちゅ、と小さな鳥の囀り合いのような音がした。名前の白く柔らかな頬を参謀の長い指がなぞった。それを制するかのように重ねられた名前の手は柳のそれに比べてとても小さく頼りない。
当たり前のようにその手もとられて握られた、「抵抗をするなんて、いけないな」。そう言われたら、抗おうとした名前が間違っているという事になった。柳はそうやって、本来の正当性とは全く関係のない事を彼女に新たな価値観として植え付ける。そう、それは小さな子供を諭す親に似ていた。教育しているのだ、ああ、可哀想な名前ちゃん。

やんわりと言葉で彼女の行動を正し、力づくではないが彼女の両手を抑え込み、抵抗する手段を少しずつ奪う。無理矢理にはしないから、羽を折られている事に名前は気付けていないのだ。



(本当に、可哀想、どうしようもない、馬鹿で、哀れな、可愛い名前)



柳のキスは丁寧で優しく、名前の全てを慈しむように降り注ぐ。唇だけでなく瞼や鼻やおでこ、輪郭、首筋、鎖骨。焦らすように少しずつ下降していく、あくまで触れるだけのキス。
受け入れる名前は真っ赤に震えて、抵抗することも忘れて柳のシャツの袖口を握っていた。ぎゅうと閉じられた瞼、側から見たら初々しいカップルなのかも知れなかった。俺という存在がなければ。

柳の手が名前の身体をゆっくりと辿り、制服のブレザーのボタンを外す。スカートにしっかりと仕舞われていまシャツの裾を躊躇いなく引っ張りだした。


「やめて、柳くん」「何故だ」「だって、やっぱり、おかしいよこんなの」「何がおかしいんだ」


言い淀む名前に柳は優しく微笑んだ。『お前が明確な理由を述べられないなら何も問題はない。例えば世間体などというのであれば、そんなものは意に介さないさ』もう何度も目にしたやりとりに次に続く柳の言葉も違わず口に出来た。


(だって、我々はお前を愛しているのだから)


柳は言葉を継げなくなった名前を愛おしそうに見つめた合間にチラリと俺を見遣った。そして名前のシャツのボタンを外すことなく手だけ滑り込ませて彼女の身体を触った。
俺には見せないように、秘密裏に。

しかしそれは、ただ衣を剥ぎ取るよりもより嫌らしさや背徳感を抱かせる、名前にも俺にも。
柳蓮二のしなやかな指が、名前の白く柔い肌を撫でている。


直接は見えないが、薄いワイシャツは柳の指の形に合わせて皺の波の模様を変えて蠢いた。シャツの釦と釦の隙間から肌色がちらりちらりと覗いた。彼女の薄いお腹や柔らかな胸をまさぐる手のひらのシルエットが浮かび上がる。
見えない方が、エロティックだ。参謀の整えられた丸い爪が下着の上から名前の乳首を引っ掻くのを思い浮かべた。同じタイミングで子猫のような囁き声で「あっ、」と名前が鳴いた。


可愛い、ふるふる震えて泣いていた。
羞恥に目の縁が真っ赤になっていた。吐息みたいな小さな喘ぎ声をあげる以外は音も立てずに涙を零す、ひたすらに。
シャツに潜められていない方の手で柳はあやすように名前の頭を撫でた「可愛い、良い子だ、名前」口調はこれ以上ない位に甘く親密なのに、その裏にあるどこか彼女を責めるような響きに身を竦めた。



「お前は何も悪くないんだ、そうだろ、仁王」

「ああ、お前さんはなーんも悪くない」



だから怯える必要も恐る謂れも何もないのだ。その言葉に、更に名前は泣き続けた。そうやって擁護されればされる程罪の意識は芽生えては大きくなっていくのだ。分かっていて、水を遣るのは酷いことだ。



***


初めは本当に、仲睦まじい2人だった。
柳と名前は中学から仲が良く、幸せそうな恋人同士だった。
柳は心底彼女を大切にしているのが簡単にみてとれたし、名前も柳のことを一途に想っていた。長く付き合っていて、側から見れば何の問題もなくずっと続く2人だと思っていた。俺にはどうでもいい話だと。


「仁王、頼まれてくれないか」


初めは耳を疑った。
意味が分からない、分かったとしても理解し得ない内容だった。だってその日の昼休みにだって幸せそうに笑う柳と名前を見かけたばかりだったから。柳に正気なのか、と思わず問うた。


『俺の振りをして、名前を抱いて欲しい』


たちの悪い冗談だとも思ったが、「そんな嘘を言うなんて趣味の悪いことは俺はしない」と言い切った柳に、それこそ一番趣味が悪いと本気で思った。彼は本気で言っているだ、自分の大切な彼女を、自分に扮した男に抱いて欲しいと。

柳とは中学の頃からテニス部で一緒で彼のデータが俺のテニスに役立つ事もあったし、逆に彼のデータ収集の為の手伝いをすることもあった。つまりは2人で人を騙すということは何度かしていたが、流石に今回のことは今までとは訳が違う、人を騙すことは好きだが、それに対して全くの罪悪感を抱かないわけではないし、そもそもやることの内容が異なり過ぎた。そんな、強姦まがいのことを。

しかし、俺は引き受けた。
それは柳が何をしたいのか興味があったのと、面白そうだったことと、あとは俺に隠された想いがあったからだった。きっと、柳はその想いなぞとうにお見通しであり、俺が断らないことなど分かりきっていただろう。俺は、柳に頼まれて、柳になって、何も知らない名前とセックスをした。



正直に言うと、完璧には騙せなかった。初めは上手くスルスルと進んだが、結局は途中で柳ではないと気付かれた。抵抗されたが、柳との約束で最後までした。柳の振りをしたまま、最後まで。
名前は可哀想な子だった。いくら俺が化けようと、2人きりの時の柳との差異に気がついたものの、俺が柳の振りを止めない限り、完全には拒めなかったのだ。大好きな柳くんの声で、触り方で迫られると受け入れてしまうのだ。

そして途中でバレることも予想済みだったであろう柳は、他意はないとは言え、自分とは違う男に抱かれた名前に悪魔の様な甘言を口にする。



『大丈夫だ、お前は悪くない。
だって我々はお前を愛しているのだから』



そう、我々はお前を愛している。
俺は名前が好きだった。欲しいと何度も思っていたが、彼女はずっと柳のものだったので隠していた。柳はそれを知っていた。そして、俺がチャンスがあればそれを逃せない性格なのも、彼女を手に入れる為なら常識や倫理などかなぐり捨ててしまってもいいと思っていることも。

利害関係の一致だった。
柳は彼と彼女のふたりきり関係に俺を受け入れた。
名前はこれはおかしな事だと言ったけど、でも俺を受け入れてしまったのは彼女自身という矛盾が生じた。
望んだ訳ではないのに、騙されただけなのに、それでも彼女は愛する柳以外の男に抱かれてしまったのだ。

その罪の意識が、彼女を少しずつ侵食していった。



***


名前は、柳を心から信頼していた。多分名前は事の起こりに彼が関係していることを知っていた。だから俺の事も責めなかった。
それもそうだ、バレてしまったとは言え、ある程度は騙せる程柳として化ける為には協力者が必要なのだ。恋人同士の秘め事の時の指の運び、名前が耳が弱いこと、必ず首筋のホクロにキスをすること。そんなこと、恋人である柳でしか知り得ないことだ。
ベッドにいる男が柳ではなく、俺だと気がついた時に全てを悟っただろう、これは柳のしたことなのだと。こんな酷いことをしたのは柳蓮二以外はあり得ないと。


埃っぽい部屋で、ソファに座って、泣いている女の子、名前。


彼女はとても柳を愛していた、こんな仕打ちを受けようと、それを柳が望んだ事だと知ってしまったら受け入れざるを得ないのだ。彼女の世界は最早、柳蓮二その人だった。



慰めるように撫でられながら、柳の膝の上に誘導させられる。俺の方は頑なに見ようとはせずに、柳のされるがままになり、そのまま2人は唇を重ね続けた。
ポロポロと、そんなに泣いて大丈夫なのか心配になってしまうくらい彼女は最近泣き続けていた。昔はそうではなかった、中学から知っていたが、むしろ泣き顔なんて一度も見たことなかった。

感覚が一般からズレているということもなかった。凛としていて、儚げながらも芯の強さを感じる女の子だった。間違ったことはせず、清くて正しくて、案外頑固で流されることのない女の子だった。
それが、こんな風になってしまうなんて。


キスの合間に、柳に跨るようにしていた彼女の足付け根に柳は膝を擦り付けた。ビクリと反応して、力が抜けたのか柳にしがみ付く名前。しかしそれはより刺激を与えられ易い格好になっただけであった。清楚なスカートの中に、制服のままの柳の膝が潜り込み、下着越しに快感生み出していた。
柳の首に縋り付き小さく泣きながらやだやだを繰り返す名前、それがもはや形式だけの言葉だと俺も柳も知っていた。

こんなことはいけない、おかしい、そう思ってはいるけれど、本当にこれが間違っているかと言い切れない。
彼女の後ろめたさにつけ込んで、彼女に愛を囁きながら、彼女が生きてきた人生の常識というものを奪う。
初めはおかしいと確かに感じていた、でも、正しいような気もしてくる、何故なら柳くんがそう言うのだから。
苛まれる罪への重圧から彼女は壊れていく、そして更にこんな、いけないことをするものだからもっとおかしくなっていく。



柳は彼女を壊したかったのだ。


だめ、なんて言いながら名前の腰は微かに揺れていた。いやらしい名前ちゃん。気持ち良くて無意識に動いちゃうなんて、そんな浅ましい子だったなんて、知らなかった。とっても愛らしい。
慎ましやかな丈のスカートが少し捲れて隠された太ももがちらりと見え隠れする。この現実から逃れる為に、背徳の快感に身を委ねてしまう。
愚かな名前ちゃん、柳に壊されて、そして柳の好きなように一から積み上げられているのだ。
そんなところが、堪らなく可愛いだなんて、俺も随分と毒されている。

大好きな柳くんの膝が足の付け根の気持ちいいところを刺激するから、もう自力で立つことさえ叶わないのだ。
大好きな柳くんに騙されて、大好きな柳くん以外の男の前で普段からは想像もつかないようないやらしい顔を暴かれて、そしてそれでも柳くんが大好きなのだ。
きっともう柳くんなしでは生きられないのだろう、そうさせられてしまったのだ。


薄暗い中、名前の目が情欲に濡れているのが分かった。
とても綺麗だった、女の目だ。柳を求めているのだ、彼女の最後の砦が崩されようとしていた。
あと一歩、のところで柳は彼女の身体をすっと離した。不意に支えを失った名前はぺたりとソファに沈んだ。
名前の目が丸く見開かれ、柳をじっと見つめた。柳はその意味を知っているくせに分からない風を装って笑いかけた。



「すまないな、生徒会の会議があるんだ」

そうして名前のおでこに口づけた。名前が今求めてるものはそんなものではないのだ。
けれどもそう言われたら名前は我が儘を言えないということも知っているのだ。


「俺はもういかなくてはいけないが、お前は身支度を整えてからゆっくり出るといい」

「う、うん」


手早く身支度を整えて柳は教室を後にする。
「では、名前、仁王、また」そう言って、柳は俺を見た。きっとこの後の事も、全て彼にはお見通しだ。
ぴしゃり、と扉の閉まる音を堺に静寂が重く伸し掛った。
そう言えば、あの時以来彼女と二人きりになるのは初めてだった。

柳に取り残された彼女は何かに怯えてた。俺の方を見ない、柳に乱されたブレザーをぎゅっと握り何も言わなかった。


俺はくつくつと笑った。
その声に名前は飛び上がるようにして驚いた。


「酷いのう、柳は」

腰掛けていた机から降りて、彼女の元へと向かう。先ほどまで赤く上気していた顔が今度は青くなっていた、面白い、なんて分かり易い子なのだろう。
俺の語りかけにも反応せず、堪えたようにじっとそこに佇む。俺が近づいても、逃げる事も出来ない。


「本当に、酷い」


多分、反論したいのだろうが、言葉も告げない。彼女も分かっているのだ、俺がこれからしようとすることも、柳がなにを望んでいるのかも。そしてそれが本当に酷いことだとも。柳に先ほどまで撫でられていた髪の毛に触れた。水気を含んだしとやかな感触だ。「柳はあれから、俺がお前さんとセックスしたあと、お前を抱いたか?」返事も出来ない、沈黙の肯定だ、知っていた。俺が柳の振りをして彼女を抱いたあと、柳は彼女に触れはするが、最後までしないのだ。
先ほどのように、はぐらかす様に途中で終わらせる、俺と柳と彼女の3人でこうして何度かおかしな遊びをしてるときもそうだし、それは恋人ふたりきりの時もそうだった。柳の優しさは変わらない、だが、決定的に前とは異なる、それがなおの事彼女を不安の底に陥れていた。
名前の毛先を指先にくるくると絡めてもて遊ぶ。



「可哀想じゃ、名前


  お前さんが望むなら、」


さっきまで、柳がしていた指先を思い出す。
慈しむように、壊れ物に触れる様に名前の髪に触れた。触れるか触れないかの間の距離で、頬から顎へと輪郭をなぞる。人差し指で赤い唇に触れた。
カッと名前の顔が赤く染まり、体温が上昇する。そう、今俺の指は柳の指だ。彼女が記憶している愛しい柳くんの優しい指先だ。そうやって動く、長くしなやかな柳の指。
今まで逸らされていた視線が絡みあった。


「お前さんが望むなら、『俺がお前を抱いてやろう』」


愛しい柳くんの声・仕種。
今度の彼女は、全てを理解した上で、受け入れるのだ。



「『いや、違うな、抱きたい、ずっと我慢してた、名前』」






「『・・・愛してる』」




「やなぎくん、」最初は声にならない声だった。
彼女は俺を、柳と呼んだ。俺は微笑む、彼女の選択に、仁王雅治として、柳蓮二として。

彼女の腕が伸びて俺の首に回った。
俺を抱えて勢いで、さっきまで柳と座っていたソファに倒れ込んだ。柳くん、柳くんと俺をそう呼んで、そして求める。
いつか見たような光景、名前を組敷いている、でも前とは違う、ちゃんと柳がどうやって触るか、名前がどうやって気持ちよくなるか、ちゃんと見た。今度は前よりももっと柳になりきって、お前を気持ちよくしてあげられるから、もっと倒錯して、もっと壊れて、もっとこっちにおいで。


そうだろう、柳。




いつか世界が壊れたら

20141225
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