うっすらと濡れた唇の間から白い歯が見える。その健康的な輝きと色味とは対象的に艶かしい深緋の舌が微かに見え隠れする。目眩が、した。これは悪魔の囁きのような罠だ、サクバスの類いが見せる悪夢なのかもしれなかった。だってこれは、現実にしてはあまりにも男の浅ましい願望や、妄想を都合よく体現しているかのようにも思うし、酷く俗っぽい。そしてなにより、目の前の彼女、苗字名前がリアリティに欠けている、それこそまさに、体の良い妄想のような。

薄暗い部屋だ、太陽が沈み影に覆われた世界だというのにこの部屋を照らすものは何もない。自室だというのにそのことが信じられないくらいに取り巻くものは他人行儀だ。空気は非常に濃密、酔ってしまうくらいに。梅雨入り迫った重く生温い空気は閉め切られた室内に籠もり、更に濃度を増している。
じわり、汗がにじんだ、前髪が額に張り付く、名前も同様に、俺の下で、下、で。


俺よりもずっと細くて脆い小さな体はまだ幼いとばかり思っていた、しかしそれはイコールではないのだ。確かに背だって手だってなんだって名前を形成するパーツは悉く小さい。俺と比較してだが。そもそもテニス部には体躯のいい連中がそろっているのだからそいつらに見慣れてしまえば成る程、彼女はとても華奢なのだ。
出会った頃にまで遡ってしまえば、中等部入学当初の俺と彼女の身体は似たような大きさで、そこから彼女も成長しているはずなのだが、いかんせん、自分の男としての成長スピードと比べてしまえば二人の差なんて広がっていくばかりだ。つまりは、なにが言いたいのかというと、名前にはこういうことは似つかわしくない。

勿論、想像したことがないと言えば嘘になる。俺は男であり、名前は女だった。所謂恋人同士でもあった。健全とはいえない(いや、ある意味では健全だろうか)欲望は当然ながら存在はした
しかしながらそれは俺ひとりの中で完結すべき事態であり、彼女を事実、巻き込むつもりなど到底なかったのだ。
俺が、いくら、名前を抱きたいと願っても。
小さくて幼い、純真無垢な名前には向けてはいけない感情なのだと、(思っていた)。


「あっ、ん…あとべくん」

今まで聞いたことのないような声だ、目の前にいる名前は本当に名前なのだろうか。
白いシーツに埋もれた名前の肌も恐ろしく白く、しかしうっすらと上気し薄紅色に染まっていた。触れた身体は、驚くほど熱く柔らかい。そうだ、熱い。触れた部分すべてが熱い、まるで溶け出してしまいそうなくらいに。繋がった、部分なんか、特に、だ。
ほの暗い中、ベッドに横たわる名前はしっとりと濡れて、白い肌は微かに発光しているかのように目に焼き付く。俺はその名前に覆い被さり濡れた肌と肌と重ねている。名前の、
小さな身体に、楔のように打ち込まれている、俺が、ああ。

「…辛くないか、名前」

思ったよりも掠れてみっともない声が出た。
本当はもっと言葉は沢山あったはずなんだが、下半身からこみ上げてくるような、痛いくらいの快感がすべてを飲み込んでしまった。全身にキスをした、全身を触った、手のひらでも唇でも裸で抱き合って全てで触れた。想像していたよりも身体はずっと滑らかで俺が触れるたびに吸い付くようだった、熟れていく果実のように擦れ合ったところから赤く色づく。
多分、痛いのだろう、眉根を深く寄せて目を瞑る名前はまるで俺が知らない名前だ。名前はこんな表情をするのか、こんな身体をしているのか、俺のを、受け入れるようなことが出来てしまうのか。俺のそれとは違うふにゃりと指が食い込む太もも、その先の足の付け根。そこには俺ものが埋め込まれている。見下げた視界には妖艶に身体をくねらせた名前だ。まさか、名前を妖艶なんていう言葉で形容する日が来るなんて思わなかった。コーラルレッドに染まった顔を眺めたら、腕で覆って隠された、ぞくりと征服欲が下腹部を刺激した。

圧迫から身を名前が捩ればぐじゅり、となんとも下品な音がした。名前は濡れている、俺も濡れている。奥深くまでやっと入り込んだ俺のものが溶けるように熱く、うねるなかにこすれて頭の中が吹っ飛んでしまいそうな感覚に思わず呻いた。腰が本能的なイン・アウトの動きを求める。
彼女の腰をとって思い切り動いてしまいたい。
ただ、なけなしの理性だ、名前を今まで守ってきたという、くだらない自負と自尊心がそうさせる。

そういえば、今にも泣き出しそうな空をしていた。見上げれば全てを覆い隠すようなダークグレーがふたりの歩みを速めた。もう降り出したのだろうか、外の様子は窺い知れない。
なんてことはない一日だった、そう、あの時までは。どこをどう間違ったのかは思いだせない、まともな思考が働かない。ただ、いつもと変わらず俺に笑いかける名前を、どうしてか、どうにかしてしまいたいと思ってしまった。そしてまた、名前もそれに応えてくれた。「あとべくんとなら、なんだっていいんだよ」その言葉がはたしてどこまでのラインを許容したものなのかなんて、もはやどうだって良かった。
俺は、名前が欲しかった、今まで以上に、心も、身体も。

こうも、都合良く進んでいくものなのだろうか。
想像でしたことの再現だ、まるで(しかし想像よりも、ずっと、)。
俺の名前が、俺で、穢されている、その状況に幸福と絶望のどちらを感じているのかも判断がつかなかった。ただ、出会ったころの幼いだけの名前はいなくなってしまったことだけは感じた。俺が守ってきた名前はもういない、彼女は知ってしまったのだ、男を、自分を。
俺の愛がただの純粋な愛だけではないことを。そしてきっと、戻れないことを。
もはや彼女を守りたかったのか壊したかったのかも分からない。まともな思考が全て奪い去られている。しかし、胸を突き動かすのはとてつもない衝動だ、今までに感じたことのない感覚だった。愛しい、今まで以上に。小さくて幼くてどうしようもなかった彼女が俺によって違う存在に変えられようとしても。むしろ、俺を受け入れて、包んでくれた名前が、とても。


「名前」

「あとべくん、」

「好きだ、(愛してる)

「…うん、私も、」


彼女の手が伸びてきて、俺の頭を抱き寄せた。
か細い腕に抱かれて、許されたような安堵がこみ上げた。ああ、そうか、名前は俺が思っているほど子供でもなかったし、弱い存在ではないのだ。肌と肌がぴたりとくっついた、それこそまるで、解け合ってしまうほどに。「あとべくん、」「ん」「あとべくんのほうが、つらそう」そうして少し笑った名前は俺を全て理解しているような、そんな風だ。俺も笑って、名前の鼻にキスをした。少し不満げに口を尖らせたから、そこにも。

小さな舌を吸い、上顎を舐めたら唇の間からくぐもった声が漏れ出る。何かが、理性が、崩れた。
べちょべちょなキスを繰り返して行くうちに腰が自然と揺れ動いた。狭い膣内に俺のをこすり付けるように、ゆっくりと、深く。名前は驚いたように声を上げたが、俺の口に飲み込まれて聞こえなかった。スプリングが軋む、名前は必死に俺にしがみついてきて、ふたりは隙間など一切ないのだ。ああ、気持ちいい、好きだ、好きだ、もう、どうだっていい、好きだ。
乱れた名前は愛しい、彼女の全ては、俺の、



そこで思考は途切れた。
まっしろな世界へ



ホワイト・アウト

20120625
リハビリすぎる作品。
あとべさまが「辛くないか?」って掠れた声で聞いてくるところが書きたかった。









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