※大人向けのお話

※猫耳シリーズ

※今回は柳くんが猫耳です







柳くんからメールが着た。放課後、柳くんの部活が終わるまでの間図書室にいた時のことだ。それはまだ部活が終わる前の時間だったし、柳くんはあまり学校で携帯をいじらない人だったので、それは私を二重に驚かせた。

その内容は、15分後くらいに部室に来て欲しいというものだった。15分後だって部活が終わるにしとはまだ早い時間なのだが、取り敢えず言われた通りにしようと荷物をまとめた。
不肖ながら柳くんの恋人という立場に中学からいさせてもらっているとは言え、部室に入ったことは一度もない。常勝を掲げるテニス部に近づくことはなんとなく、なんとなく憚られたのだ。柳くんは「そんなこと気にするんじゃない」とは言ってくれてはいるものの、なかなかそうはいかないのだ。


柳くんは時間にきっちりした人だったので、私もそれに倣って時間に細かくなった。柳くんが指定した15分後に寸分も狂わぬように(出来れば早めに着くように)、10分前には図書室を後にした。
向かう最中、私を更に驚かせたことがあり、それは、幸村くんたちと途中で出くわしたことだった。


「あ、れ、ゆ、幸村くん?」

「あ、苗字さん、だった、よね」
「はい、」

「蓮二の彼女の」


幸村くんといえば、我が立海大テニス部の部長であり、女の子に一番モテる、という綺麗な男の人だった。柳くんも綺麗だし優しいし甘くてとても素敵なんだけど、それとは違う種類の絶対的な強さ故の綺麗さ、みたいなのを感じさせる人だった。因みに会話したことなどほぼ皆無に等しかった。

でも、幸村くんと出くわしたことへの驚きは、幸村くんの存在自体というよりは、何故今ここで、といったものだ。先程からずっと疑問なのだが、今はまだ、テニス部の活動時間なんだ。そんな時間に幸村くんが校舎内にいるとなっては、当然疑問も浮かぶ。
幸村くんは制服姿の、鞄とラケットバッグを持っている。まさに帰宅しますといった風体だ。幸村くんの後ろにも、柳くんの試合を見に行ったときに何度も見かけたかの有名なテニス部レギュラー陣の皆様が、幸村くん同様帰る準備万端でいた。中には柳くんだけがいなかった。


「えっと、あの、幸村くん」

「苗字さん」

「あ、はい、」

「早く部室に行ってあげて」

「…柳くん、は」

「行けばわかるから」


「君に任せたからね」そう言って、幸村くんは私の肩を励ますようにポンと叩くと、それ以上なにを言うわけでもなく、手を振って微笑んで行ってしまった。他の人たちもしかり。

なんだか意味は全くわからないのだけれど、嫌な予感だけが浮かんだので、私はすぐ様に部室へと向かった。早く切り上げられた部活。柳くんに呼びだされたこと。そして、幸村くんに任されたこと。どう考えてもよくない種類の想像をさせる。
なので私は、なにがあろうとも揺るがないと心に決めて、ぎゅっぎゅっとゴム底が廊下を踏み締める音を聞き流し、テニス部部室へと走ったのだ。



* * *



「や、やなぎくん!!」

「…予想外だ、随分早かったな」


図書館から歩いて調度いい時間に設定したのだが、と柳くんは言った。約束の15分後よりも5分ほど早い到着。
一度も入ったことのない部室だというのに、なんの躊躇いもなく扉を開けた。ほんの少しの距離を軽く走っただけなのに息は切れていた。
中には柳くんがいた。至極、普通に。よかった、私の想像の最も良くない方面へ向かってしまったものは柳くんが大怪我をしたとか記憶喪失になったとかそいいった類のものだったから、ほっと息をついた。原形をきちんと留めているし、いつもの柳くんだ。大袈裟なほど途切れ途切れになる呼吸をおさめようとする私に笑いかけた。

夕日の差し込む時刻には電気をつけないと部屋は薄暗かった。真っ赤な日差しが強すぎて他の存在を霞めるのだ。だからだろう、私は、気がつかなかった。
初めて入った部室、キョロキョロしながら柳くんへと近づくと、シルエットがいつもと違うことにようやく目がいった。あれ、なんだ、あれ。嘘だまさか、なんて思いながらも、先程まで走ってかいた汗とは別の種類の汗がダラダラとシャツの間の肌を滑る。


名前、と私を呼んだ柳くんの頭部に、耳が、ある。


勿論、普通の位置に普通の耳があったとするなら驚くことなどなにもない。先程から驚きの連発の私を一番驚かせたのは、本来あるべきはずのないところに人間とは違う形の耳が生えていたからだった。
これは、所謂、猫耳というやつだろうか。いやいや、嘘だ、何かの間違いだ。柳くんに猫耳なんて…!!何があっても揺るがないなんて誓いは脆くも崩れ去った。


「や、やなぎくん、そ、それ」

「…ああ、これか」


柳くんはさも当然といった様子で私の困惑を受けとった。多分私の反応なんてお見通しだったんだろう、手招きをして私を近くに呼び寄せた。
近くに寄って見てみても、それは見紛うはずもなく猫耳だった。初めはよくある猫耳カチューシャかなにかを付けているのかとも思った。いきなり柳くんがそんなのを付け出すものだから幸村くんたちが混乱した、とかそんな話かと。
しかし、それはどこからどうみても、本物にしか見えない。本来なら猫の頭部にくっついている耳そのものにしか見えないのだ。柳くんが座るソファの前に私は立ちすくみ、向かい合った。


「…気がついたらな、生えていたんだ」

「やっぱり、本物、なの?」

「ああ、」

「やなぎくん…」

「だが、心配するな、すぐになくなるらしい」


柳くんの話によると、その猫耳は今若い人の間でかかる密かな流行り病ならしかった。なんでもその名は猫はしかというもの。
猫はしかというのは思春期といわれる時期の人間の頭に猫耳が生えてしまうというなんとも謎の病気であり、感染者の免疫力や体調によって風邪と似たような症状も伴うことがあるらしい。だが、それを抜きにすれば猫耳だけで他に害のない病気だそうだ。人によって差異はあるが、1日ほどで耳もすぐになくなってしまうらしい。

なんでそんな病気が流行ってるのに世間で話題にならないんだろう。そんな私の疑問を口に出す前に柳くんは察してか「限定された年代だけにしかも、ごくごく短い期間での発症。おまけになんの害もない。病院に行く前にみんな治ってしまう。話題になりようがない」と答えてくれた。成る程、そして、かかった一部の人間の話から都市伝説のようにひっそりと広まったのだろう。世の中は不可思議なことがあるものだ。


「多分、試合などで東京に行ったのが原因だろう」

「ふぅん」

「氷帝などでもこの病気は密かに流行っていたらしいからな」

「この時期に、大変だね」

「ああ」


そうか、だからテニス部のみんなは早急に帰宅したのか。感染予防策だ、さすがはテニス部。対応が迅速だ。部室に来て分かったけれど、先程見かけたレギュラーたちだけじゃなくてテニスコートには人っ子ひとりとしていなかった。これから高校最後の大会の試合がある大事な時期だ、病気の拡大を避けたのだろう。
一日ほどで治るとはいえ、大事な試合のときに誰かがかかってしまっては大変だからだ。だって、もし例えば今日が試合だとしたら、柳くんというなくてはならない戦力と頭脳を失うことになってしまうのだから。


柳くんはといえば、よく見れば頬は少し赤いし、もしかしたら熱っぽいのかもしれない。柳くんはいつもと変わらずに綺麗に微笑んでいるから気がつかなかった。大丈夫?、そう尋ねたら、平気だ、と返すし、症状も重くはなさそうだけれども。

私はと言えば少し、いやだいぶ、ドキドキしていた。だって、柳くんの猫耳が…可愛いすぎるのだ。私が話す度によく聞こうとしてるのかいちいち動く。動くという時点で感涙するくらい可愛いかった。そもそも、猫耳とか肉球とかそういうパーツは、あるだけで人間を幸せに出来る偉大なる力を持っているのだ。それが、美人さんな柳くんにくっついているとなると妙なギャップを孕みつつも何故かしっくり可愛いという複雑な気持ちを生み出した。
彼女なのに、柳くんが大変なときだというのに、こんな感情を抱くのは不謹慎かもしれない。心配だし、焦ってはいるのだ、実際。でも、抗いようのない可愛いと思う気持ちも溢れてきて、本当に複雑だ。

髪の毛と同じ毛色の上品な耳。きっと猫だとしたら高いブランド猫だろう。駄目だ駄目だと自制しながらも、うずうずとどうしようもない気持ちが込み上げる。さ、触りたい…!1日ほどで無くなってしまうのだ、少しくらい、触っても、いいよ、ね。


そっと耳に手を伸ばして触れた。薄い皮膚感にふわふわな毛並み。両方の手で両方の耳をむぎゅっと触った。か、かわいい…!
ところが、触った瞬間、柳くんが息を呑み、俯いてしまった。どういうことだ。


「や、やなぎ、くん?」

「っ、名前、手を」

「え、」

「手をどけてくれ、」


柳くんが切れ切れに言うものだから、手をパッと離した。そして、本日何度目か分からない驚き。
柳くんが、色っぽくなってた…。目許とかがあらんで、さっきよりも高い熱に浮されるような、そんな表情。今まではいつも通り整った微笑みを湛えていたというのに、そろがなくなった。なんというか、余裕のない表情だった。私があまり、見たことのない種類の顔だ。

突然、柳くんがぽかんと間抜けに立ち尽くす私の腕をとり引いた。咄嗟のことに私の身体はなされるがままに力の働いた方向、ソファに座る柳くんの元へと倒れ込んだ。柳くんが上手く私を抱えこんで、彼の膝の上に座るような形になってしまった。ち、近い…!

猫耳柳くんが間近にあるとあっては私は戸惑うしかない。でも、そんな暇もなく柳くんの薄い唇が私の唇に重なった。わざとらしくちゅっと小鳥の鳴くような音をたてたキスが繰り返された。


「ちょ、やなぎくんっ!」

「なんだ」

「こっちの台詞…、な、なにして!」

「言わなきゃ分からないのか?」


そうやって意地悪く笑われたら私はもう為す術なしだ。実際言われなくったって、柳くんのしたいことととかは行動や雰囲気で分かる。分かってしまうからこそ、顔がこんなにも熱くなってしまうんだ。
閉口して、自然と俯いてしまった私を下からすくい上げるようにキスをされた。キスは凄く好きだ。おでこにされるのも頬にされるのも勿論口にされるのも。それを知ってだろう柳くんは私に沢山キスをした。それだけで私の気持ちはふわふわと雲の上に連れて行かれてしまったように浮上してしまう。いつもよりも熱い舌が私の口の中を掻き混ぜた。
んん、ふぅっ、と、私の口から自分のじゃない見たいな声がこぼれ落ちて、思わず柳くんの首にぎゅっとしがみついた。ふわふわしたまま身体が飛んでいってしまうような錯覚を覚えるので、無意識の内に繋ぎ止めるみたいに柳くんの身体に触れてしまうのだ。
いっぱいのキスの間に、柳くんのサラサラな髪の毛に手を掻き入れてぎゅっとしてしまうのがどうやら彼のいう、私の癖だった。言われてから気がついてみれば、成る程、私は柳くんの頭を抱えこんで撫でていた。今日は、まさに調度いい位置に猫耳があって、本当に無意識のうちにそれを掴んでしまった。すると、いつもは私を翻弄してメロメロにしてしまうキスをする柳くんが、キスだけで私をぐったりさせてしまう、あの、柳くんが!キスの最中に「、っう、はぁ、」と小さく声を漏らしたのだ!
…所謂、喘ぎ声。滅多に聞いたことがない。低くて耳に心地好い音色の色っぽい声。びっくりして唇はくっついたままだったけれど目を開けてしまったら、真っ赤な柳くんの人間の方の耳が目に入った。
心なしか、柳くんの息も荒くなった気がする。柳くんのその声は、やっぱり、気持ちよかったりとかする時に漏れる声だよね。そうやって考えたら、さっきの記憶も相まって、私の中でひとつの仮説が生まれた。
…もしかして、この猫耳は触ると、柳くん気持ちいいんじゃないだろうか。

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