ー恋人協定契約書ー

第1条
お互いの円滑な学生生活のために協力を惜しまないこと

第2条
人目のある場では恋人のように振る舞うこと

第3条
絶対に、好意を抱かないこと


違反した場合、ペナルティを課すこととする。
尚、第3条に違反した場合は、速やかにこの協定を解除すること。




そんなヘンテコな協定を月島とるりかが結んだのは、大学に入学してわりとすぐのことだった。世間が大型連休前で浮き足立っていた記憶があるので、おそらく一月も経っていなかったはずだとるりかは思う。


その日るりかは、一人暮らしを始めたマンション近くのショッピングモールへ買い出しに来ていて、けれどせっかくはじめて来たのだから、生活雑貨だけを購入してすぐ帰るのはもったいないなぁ…とアパレルショップのショーウィンドウを覗き込んでいたのだけれど……今、るりかはその考えを猛烈に後悔していた。


「キミもしかして新入生?」

「こんなかわいい後輩ちゃん入ってきたんだ〜ラッキー!」

「ここ来んのはじめてっしょ?俺ら案内するよ」


ぐるりとるりかを取り囲むように前に立つ3人組は、嬉しくもないがるりかが今年から通っている大学の先輩方らしい。まぁ、この近くに住んでいる学生の大半はそこの生徒らしいので珍しくもないのだが、せっかく会えたんだしご飯でも行こ?と強引に迫ってくる彼らは、これが運命の出会いだとでも思っているのだろうか。……るりかの腕に鳥肌が立った。

下手に謙遜する性格でもないるりかは、自分の容姿が一般的に見てかなり整っている方であると自覚している。母親譲りの艶やかな髪に白い肌と、父親譲りのはっきりとした目鼻立ち。スタイルや肌艶を維持することに多少は気を使っているが、その労力は然程でもないと思う。この容姿で得をすることはままあれど、高校に進学したあたりからだろうか、女性として美しくなり始めたるりかは今のように見知らぬ男性たちに声をかけられることが増えていき、るりかは正直面倒くせぇな…と内心口悪く悪態をついていた。


「すみません、待ち合わせをしていますので、お気持ちだけ受け取っておきますね」

「え〜?そんなこと言わないでさ」

「なんなら待ち合わせしてるお友達?も一緒で良いよ!」

「お!いいね楽しそ〜!」


いいわけあるかなんだお前気を使える俺カッコいいっしょ!とでも思ってんのか●ね!!
心中で盛大に中指を突き立てているるりかは、さてどうやってこいつらから逃げ出すかと思案する。タイミングよくスマホに連絡が来ないだろうか。あぁでもここで不用意にスマホを取り出して、LINE教えてとでも言われればもっと面倒だ。誰か知り合いでも通りかかれば楽なのだけれど、あいにくここは地元からかなり距離があるし…。男たちの話を聞き流しながらそんなことを考えているるりかが、不意に伸びて来た男の手から一歩後ずさって顔をあげると、その向こうで数人の女性に囲まれている随分と背の高い男と目が合った。



【…えーと、修羅場…?】

【はぁ?そんなわけないでしょ】

【なるほど、じゃあ逆ナン?】

【そうだよ。しつこくてウンザリしてる】

【奇遇ですね私もです】

【だろうね】

「「………………」」


無言で目を合わせるるりかと背の高い男は、ややあってお互い同時に足を踏み出した。自分を取り囲んでいた人間になど目も向けず、すたすたと距離を縮めていく二人。やがてお互いを目の前にした瞬間、るりかはにこりと満面の笑みを浮かべて男の腕を取った。


「良かった〜ここに居たんだ」

「うん、」

「私、もう買い物済ませちゃったからさ、ちょっとカフェで休憩しよ?」

「…いいよ。どこに行く?」

「さっき雑貨屋さんの隣に可愛いお店があってね、そこに行きたいな〜」


にこにこと男の顔を見上げながら、るりかは背後のナンパ男たちの様子をちらりと窺った。待ち合わせ相手が男であったことに驚いたのか、はたまたその男が、どこぞのモデルもびっくりなスタイルと美しい顔立ちをしていたからか、ややあってつまらなさそうに視線を逸らしたナンパ男たちは、そそくさとその場を去って行った。











「なるほど、そこでお互いに意気投合してお付き合いに至ったわけですね!?」

「あ、う〜ん、まぁそんなとこかな」


ほんのりと頬を染めながら少し身を乗り出した谷地に曖昧に返事をしながら、るりかはそろりと視線をそらした。実際にはナンパ男たちから逃げた後適当に入ったファミレスで、良ければ今後も面倒事を避けるために協力しませんかと仮初の恋人関係を結んだわけなのだけれど、純粋に恋バナにときめいて瞳をきらきらさせる谷地を目の前にして、るりかはそんなビジネスライクな関係を暴露する気になれなかった。……そもそも、この関係はそう簡単に打ち明けて良いものでもないのだけれど。

るりかの目の前に座る谷地の隣、先日学食で一緒になった山口もへぇ〜そうなんだ!とにこにこと頷くものだから、るりかは言い知れぬ罪悪感のようなもので少し胸の奥が重くなった気がする。涼しい顔でるりかの隣に座る男は、こんな純真無垢な友人たちに嘘をついてよく平気でいられるな…と思わずじとりとした目を向けた。


「……なに」

「……なんでもないでーす」

「なんでもないって顔してから言ってよ」

「もともとこんな顔でーす」

「うわ可愛くない」

「ありがとうございまーす」

「………ムカつく」

「うっわシンプルに悪口」


眉間にシワを寄せた月島に、るりかも同じような表情で見返したのを、山口と谷地が面白いものを見たというようにくすくすと笑うから、るりかはちょっぴり恥ずかしくなって顔を背けた。










二人の秘密










  

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