「単位取得おめでとうお疲れ〜!」


かちかちん、と各々のグラスをぶつけてから、そこに注がれたアルコールを煽った。レポートや提出物をやりきった達成感か、無事に進級できることが確定した安心感からか、シュワシュワと喉を通っていくレモンサワーがいつもより美味しく感じて、るりかはむふふと口元をゆるめた。


「空閑さんご機嫌だね」

「ふふ、みんなで飲むお酒は美味しいからねぇ」

「そうだね!4人で飲むのって初めてだし、」

「だからって、調子に乗って飲みすぎないでよるりか」

「大丈夫で〜す」





そんなことを言っていたのはどの口かと、月島は隣でふらふらと歩くるりかの手を引く。ゆらりと身体をゆらしたるりかは、もう少しで電柱にぶつかるところだった。それでもなお赤らんだ顔でほけほけとしているるりかはまごうことなき酔っ払いである。………酔うとこんなになるなんて、初めて知った。


「ちょっと、ちゃんとまっすぐ歩いて」

「え〜?歩いてるよ?」

「全力で人に寄りかかって言うセリフじゃないよね」

「えへへ〜」


月島の腕にしがみついてにへにへと表情をゆるめるるりかはとてもご機嫌で、鼻歌まで歌い始めたるりかに、月島はもはや何も言うまいとため息を吐いてゆっくりと歩きはじめる。夜風が酒で熱った身体を程よく冷やしてくれるのを感じながらふと隣を見下ろしてみれば、何が楽しいのか、るりかがにこにこと月島の顔をじっと見上げていた。


「………なに」

「んふふ、」

「……………」

「…けい、3年生になってもよろしくねぇ?」

「……いやだよ」

「え〜なんでよ〜私と一緒は嫌なの〜?」

「………るりかは、」

「ん〜?」

「るりかは、僕と一緒がいいの?」

「うん!」


にぱっと幼子のように笑みを浮かべるるりかは、だって蛍の事大好きだもん!と付け足してゆらゆらと月島とつないだ手を揺らしている。その言葉にぎょっとしたような、ぎゅっと胸の奥がざわついたのを全力で押し込めた月島は、ふっと息を吐いて再びるりかの手を引く。るりかの住むマンションまでは、もうあと少しだった。









「送ってくれて〜ありゃがとござましたぁ!」

「ドウイタシマシテ」


きっちりとるりかの部屋まで彼女を送り届けた月島は、酔っ払っているせいか素直にぺこりとお辞儀をするるりかをドアの向こうに見送ろうとして、けれど半分以上閉じかけた目蓋のるりかが今にも眠ってしまいそうに思えて、閉じかけたドアをぐっと押さえる。
案の定、おやすみ〜と言いながら玄関先にずるずるとしゃがみこむるりかの腕をさっさと持ち上げて彼女を抱えあげた月島は、盛大にため息を吐きながらるりかをベットまで運んだ。


「ほら、ちゃんと布団かけて」

「ふふ…けい、お母さんみたい…」

「………こんな手のかかる娘は嫌だよ」


るりかの首もとまでしっかりと布団をかけてやった月島は、すうっと目を閉じたるりかの前髪を一度だけ撫でて立ち上がる。けれど、その姿勢が中途半端に静止したのは、月島の上着の裾をるりかが握りしめていたからだった。


「……るりか、」

「………かえっちゃうの?」

「………そうだよ」

「やだ。だめ。まだおしゃべりする」


とろとろと落ちそうになる目蓋を必死に持ち上げるるりかがごしごしと目元をこするから、月島はその手を捕まえて仕方ないなと再び腰を落とす。それに満足そうににへらと笑みを浮かべたるりかは、けい、すき、だなんて、軽率にそんなことを口にするから、月島はこの酔っぱらい…と文句を言いたいのを飲み込んで、彼女のゆるんだ頬をつついた。


「……ねぇ、るりか。ほんとに僕のこと好きなの?」

「うん…好きだよ。一緒に居て楽しいもん。たまにムカつくけど…そんなんじゃ、ぜんぜん嫌いになんないくらい」

「……その好きは、友達として?恋人として?」

「うーん…?どっちかなぁ?よくわかんないんだよねぇ?なっちゃんが言うにはね、その人とキスできるなら恋、なんだって」


あ、なっちゃんは高校の時の友達でね〜この前遊びに行ったんだけどね〜なんて、月島の知らない彼女の友人についてぽろぽろと喋るるりかの口元にそっと手を添えて、月島は楽しそうにこぼれる言葉を遮った。


「じゃあ、僕とキスできる?」

「ん?う〜ん…?」

「山口は?」

「山口くん…?どうかなぁ?なんか、ウブっていうか?ピュアすぎて?簡単にそんなことしちゃいけない気がする」

「谷地さんは?」

「え〜?かわいいから、いっぱいちゅ〜したい。でもお口にしたらダメだから、ほっぺにするの」


真っ赤になっちゃうかなぁ?それもかわいいねぇとくすくす笑うるりかの目蓋はもうほとんど開いていなくて、その奥のとろんとした瞳を、月島はじっと覗き込む。


「ねぇ、るりか」

「……なぁ、に…?」

「…………僕は、るりかとキスできるよ」

「……ぅ、ん…?」

「………やってみようか」


夢うつつのるりかは、もうほとんど月島の声も認識できていないのだろう。すっと目を細めた月島が、途切れた返事のようなものを発したるりかの唇をするりと親指でなぞって、それを上書きするように唇を重ねたのを、いつの間にか眠ってしまったるりかが知ることはなかった。










夢見心地におまじない












  

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