February




「…あ、のですね…」

「……………」

「え、っと…」

「………ここ寒いから早くして」

「ハイすみませんこちらお受け取りいただければ幸いです!!!」

人の少ない渡り廊下で月島先輩と向き合ったまま、いろいろ言いたいこともあるし心の準備も出来てないしどうしようどうすればとぐるぐる考えていると、しびれを切らしたらしい目の前の先輩が不機嫌そうに言うから、私は後ろ手に隠し持っていた包みを潔く差し出した。
黄色いリボンをかけた小包には、今日のために何度も練習してやっと人様に渡しても大丈夫であろうレベルに仕上がったガトーショコラが入っていて、今日、たくさんチョコレートを貰ったと思われる先輩に受け取ってもらえるだろうかと一人でドキドキハラハラおろおろしていると、それは思いのほかあっさりと月島先輩の手に渡った。

「…くれるの」

「あ、はい!その、たくさんお世話になりましたし、感謝の気持ちとか、あと…えーと…いろいろ込めて、お渡ししたいなと、思いまして…」

いろいろ、にどんな意味が、気持ちが込められてるか、それは私自身でもはっきり言葉にできないから言及されると困るのだけど、とにかく今年のバレンタインは、絶対に月島先輩にチョコを渡そうと決めていた。都合よく今日は3年生たちの登校日だったらしく、仁花先輩に早めにその情報を貰っていた私は、月島先輩に今日、少しだけ時間をくださいとお願いしていたのだ。


「……じゃあ、はい」

「え?」

「あげる。お返し」

「え???」

よくわからないまま差し出した私の手の上にぽて、と落とされたのは、淡いグリーンのリボンが付いた小袋で、私の手からちょっとだけはみ出す大きさのそれの中には小さな焼き菓子が包まれていた。リボンに付いたタグには駅前のケーキ屋さんのロゴが書かれていて、これは…先輩が、わざわざ買ってきてくれたんだろうか…?

「な、なぜ…?」

「どうせ須々木のことだから、今日の用事もこれ渡すためだろうなって思っただけ」

「お見通しだった…!」

「…でも、ホワイトデーには、僕はもう卒業してるから」

返せる時に返しといた方が良いでしょ。って言う先輩がちょっとだけ目を細めて、私の頭にぽんと手を乗せる。初めはドキッとしていたのに、いつの間にか心地よく感じるようになったその手が、いつものようにちょっとだけ私の髪をなぞるように撫でて離れていって……それがさみしいって思ったからだろうか、離れていく手が、いつもよりちょっとだけ名残惜しそうだったように、私は感じた。




「………じゃあこれ、ありがとね」

「…あ、い、いいえ!こちらこそありがとうございます…!」

ガトーショコラの入った小袋をそっと鞄の中に収めた先輩は、くるりと振り返るとそのまままっすぐ廊下を進んでいく。大きな歩幅で進む先輩の背中はどんどん小さくなって、やがて曲がり角で見えなくなった。

先輩の居なくなった廊下でしばらくぼうっと立っていた私は、いつの間にかすっかり冷えきった指先をぎゅっと握って、目尻にじわりと浮かんだ涙をごしごしと拭う。遠くで喧騒は聞こえるけど、人影すらないしんと静まりかえった廊下は寂しくて、むなしくて、そのせいなのか、涙がどんどんにじんでくる。まえに泣きじゃくってしまったときに涙を拭ってくれたあたたかい手はここにはなくて、でも、これからはそれが当たり前になるんだと思ったら、泣き止まなきゃって必死になっても、ぜんぜん涙は止まってくれなかった。







(あなたが居ないことに、)
(慣れていかなきゃいけないのに)

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