感動したり、






「……お疲れ様、キャプテン」

「……ドウモ」

ぱちくりと目を瞬いた黒尾とひらひらと手を振る灯をそろりと見比べて、研磨は灯にぺこりと会釈をしてからそそくさとその場を去った。あらま、気を使わせちゃった?と眉を下げる灯に、研磨なら大丈夫っすよ。と返した黒尾は、すっと彼女の手を引いて場所を変えることにした。

エントランスの片隅、行き交う選手や観客たちを眺めながら壁に背を預けた黒尾は、同じように隣に並んだ灯にちらりと視線をやって、それから、掴んだままだった彼女の手を離そうとして、やっぱり惜しくなって、ちょっぴり悩んで指先だけをきゅっと握った。


「………ちゃんと、見に来てくれたんすね」

「ん?だって、約束したでしょ?」

約束は守る女ですので?と胸を張る先輩にふはっと笑う黒尾は、そっすね、と返事をしてジャージのポケットに手を突っ込む。そこに入っていた赤色の御守りを取り出して、少しほつれた必勝の文字をなぞった。

「あ、それ持ってたんだ」

「……まぁ、」

予選の勝ちは保証すると言われた言葉を信じて、ゲン担ぎに過ぎないけれど、ずっとベンチにこれを置いていた。役目を終えたはずの御守りは、今年の初詣で神社に返すつもりだったけれど、なんだか手放すのが惜しくてずっと持っていたのだ。…もしかしたら、ここまで勝ち進めた要因の一つでもあるだろうかと思って、やっぱり大事に持っておこうと黒尾が再びポケットにそれをしまって、一言先輩にお礼を…と口を開きかけた所で、隣からぽつりと声をかけられた。


「……良い試合だったね」

「へ?」

「……あ、うーん…いや、この言い方だとちょっと違うかな…?…なんか、みんな、勝ち負けとか置いといて、ただ純粋に試合が楽しくて、必死にボールを繋いで、ずっと、この楽しい時間が続けば良い。みたいな顔してたから、そんなに楽しい試合ができて、良いなぁ…みたいな?」

見てた側の感想でしかないんだけどね。と苦笑する灯はちょっぴり恥ずかしそうに頬をかいてから、黒尾くんはどうだった?すっごく楽しそうに見えたんだけど?と微笑んで黒尾を見上げる。
それをじっと見下ろして、ついさっきまでの白熱していた試合を思い出して、はじめて会った時からぐんぐん進化してきたライバルや、予選で覚醒してくれた後輩とか、バレーが面白いと答えてくれた後輩とか、らしくもなく正面からありがとうを伝えてきた幼馴染の姿が脳裏を廻って、少しだけ目頭が熱くなる。

「楽しかった…っすね」

勝ち続けられれば一番良かったけれど、全国から集まった強豪たちの中で、自分たちのチームが一番強いかと言われれば自信はない。どこかで負けは訪れて、それが早いか遅いかの違いだけ。ボールが落ちた瞬間は、…なんだろう、あー終わった…。くらいにしか思わなくて……あ、でも、何より一番は、


「…あいつらと戦えてよかった、って思います」

因縁の相手と、今、この自分たちのチームで。何度も練習試合はしたけれど、この舞台で戦うことは自分の目標で、恩師の長年の夢で、ありがとうと穏やかに告げた恩師に、黒尾も精一杯のありがとうを返した。


「あら、黒尾くん泣きそう?今なら胸貸してあげよっか?」

「エッ」

またツンとしてきた鼻の奥にぐっと力を入れて、感情がこぼれそうになるのを必死に塞き止めていたら、隣の先輩から予想外の提案がされて涙が引っ込んだ。ほとんどひっくり返った返事をして、それから優しく目を細める灯と目が合って、どきりと心臓が跳ねて、…ちらりと腕を広げた胸元へ視線が流れる。

「…あ、やっぱりやめた」

「え!?」

「なんか今下心が見えた気がする」

「いやいやいや!そんな、」

「ないって言い切れる?」

「……………灯サン?ボク、健全な男子高校生でしてね?」

「あ、開き直る感じ?へぇ〜黒尾くんってばそんな子だったんだ〜」

「ちょっ、灯サン!?」

じとりと半目を向ける灯にこれはマジで引かれてるやつ!?と焦った黒尾は、弁明のために灯を引き留めようと掴んだままだった灯の手をぎゅっと握る。けれど、すぐにふっと笑う声が聞こえて来て、俯いた灯の肩がふるふる震えているのに気付いた黒尾は、ちくしょうまたからかわれたと大きくため息を吐いた。

「ごめんね。黒尾くんってリアクション面白いからついからかいたくなって、」

「……ソウデスカ」

「あー、もう拗ねないでよ」

少しむくれた黒尾にまた表情をゆるめた灯は、胸はやめたけど肩なら貸してあげる。と言って、黒尾の頭を抱くように肩に引き寄せた。

「…ホントにお疲れ様、黒尾くん」

「……ありがとうございます、」

戸惑いつつも灯の肩に顔を埋めて、だけどまだ背中に腕を回す勇気はなかったから、ただ繋いだ手をぎゅっと握っていた。






感動したり、共感もした、







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