無自覚に7本




日向くんがウチに来て早10日ほど、相変わらずのコミュ力を発揮しつつ仕事をゆっくり覚えてくれてるのは良いけれど……ちょっともやりとすることもあったりする。



「おにいさぁーん!注文お願いしまぁーす!」

「えっ、あ、少々お待ちくだっさい…!」

常連のおじさんの元へ焼きそばとから揚げを届けに行く日向くんに、通りすがりのテーブルの水着姿の女性たちからお呼びがかかる。彼女たちはつい30分ほど前に、ドリンク一杯を注文するのに日向くんを長いこと拘束していた迷惑なご新規さんである。
怯えるようなリアクションをしながらも返事をした日向くんは、品物を受け取ったおじさんからの頑張れをもらって彼女たちのテーブルへ。メモを取り出しご注文は…?と切り出した日向くんに、女性たちから黄色い声があがった。

「やっぱりかわいい〜!」

「はいはーい!お兄さんは注文できますか〜?」

「やだそれオヤジくさい〜」

げらげらと高い笑い声をあげる彼女たちは、店中の視線を集めていることも気にしないで騒ぎ、どう対処すべきかおろおろとしている日向くんを見てまたきゃっきゃとはしゃいでいる。あらあらと厨房の奥から顔を出したナツ姉が困ったお客さんねと腰に手をあてたのを見て、私は補充していたドリンクを任せて彼らのもとに向かった。


「……ちょっと来てくれる、」

「えっ、あの、瑛さん…!?」

「すみませんお客様、少々お待ちいただけますか?」


にぃっこりと笑みを浮かべて彼女たちを見れば、私が怒っていると察したらしく一旦口を閉じる。そのままぺこりとお辞儀をして日向くんの腕を引き厨房奥へ向かって行けば、大変…お兄さん怒られちゃうのかな…なんて呑気な声がかすかに聞こえた。




「あの、瑛さん、ごめんなさい、俺、」

「ごめん日向くん、助けに行くのが遅くなって…」

「へ?」

客席から死角になる壁際へ彼を連れてきて向かい合うと、しゅんとした日向くんの言葉を遮って謝罪する。きょとんと顔をあげた彼に再びごめんねと告げて頭を下げると、ややあって慌てた彼に肩を掴まれ、がばりと顔を上げさせられた。

「いやそんな!瑛さんが謝ることじゃないよ…!」

「でも、」

「だ、大丈夫!俺今度はちゃんと注文聞いてくるから!」

迷惑かけてごめんなさいと謝る彼に、迷惑なのはあのお客の方じゃないかと思ってしまう。…え、と目の前で日向くんが固まるので、どうやら口に出してしまったらしい。失礼。

「まぁでも、これ以上好き勝手されると常連さんたちにも迷惑かかるから、ちょっと穏便にお引き取りいただくね。」

それと、ちょっとでも困ったら私かナツ姉に報告してねと告げると、日向くんはぶんぶんと首を縦に振った。…取れそうな勢いだった。





「お客様、お待たせいたしました。ご注文お伺いいたします。」

「えー?さっきのお兄さんはー?」

「あぁ、彼にはもう帰ってもらいましたよ。シフトももうすぐ交代の時間でしたので。」

「えぇー!」

私が注文を取りに向かうと、それぞれ不満の声をあげる彼女たちに淡々と返事をしていく。その声がだんだんと大きくなるのを聞いて、だから営業妨害だっての…と口に出したいのを必死に抑えてそっと内緒話をする姿勢をとる。

「彼、つい先ほど裏口から出ましたので、今追いかければ間に合うかもしれませんよ…?」

それを聞いた彼女たちは、ぴたりと騒ぐのをやめて立ち上がる。
急げ急げと店の出口に向かいご馳走様でした〜とあっという間に去っていくのを笑顔で見送った私は、その姿が見えなくなってからぐっと小さくガッツポーズをした。……いや、ほんとはお客を追い払って喜んじゃいけないんだけど。


「さすが瑛、助かったわぁ〜」

「ホントはナツ姉が店長権限を使ってくれた方が楽だったんだけど」

「まあまあ、良いじゃない。」

ふうとため息を吐いて奥に隠れていた日向くんを呼びに行くと、ちらりと顔を覗かせた彼はへにゃりと眉を下げて、ありがとうと笑みを浮かべた。
その顔を見てさっきからの胸のもやつきが取れた私は、生ビールを注文する常連さんに笑顔で返事をした。


……そういえば私、どうしてあんなにもやついてたんだろ。











7本のひまわりの花言葉「密かな愛」


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