両手いっぱい、 99本




『瑛!?なんでチケット返してきたの!?』

「だって私、当日は観客席に行けないもの。」

『エッッ』

「でも大丈夫。翔陽くんのプロデビュー戦は、ちゃんと会場で見るから」

え?どうゆうこと?と混乱する翔陽くんにくすりと笑って、じゃあ当日、久しぶりに会えるの楽しみにしてるね。と言って電話を切る。スマホをポケットにしまってキャップを被り直すとタイミングよく声をかけられて、私は笑顔でお客さんを出迎えた。


2年前、ブラジルへと旅立っていった翔陽くんを見送った私は、夏からたてていた計画を実行に移した。彼はスキルアップして帰って来るのだし、私も負けていられないと思ったから。
ナツ姉の伝手をフル活用して飲食店でのバイトを詰め込み、合間にオリジナルメニューの研究をして、コツコツ貯めていた貯金で、小さいけれど新品のキッチンカーを買った。これが私の店である。
キッチンカーを選んだのは、きちんと申請して許可を取れば日本全国で、もっと頑張れば海外でも営業できるから。日本に帰って来た翔陽くんがどこのチームに所属しても近くに行けるように、これは私にできる精一杯の、胸を張って翔陽くんの隣に居られる方法だった。



「嶋田さん、間借りしちゃってすみません。今日はよろしくお願いします。」

「お、瑛ちゃん、こちらこそよろしく。」

にかりと笑顔を浮かべる嶋田さんは、ナツ姉の店に食材を卸してくれたりする昔からの知り合いで、今回ここに出店したいと言いながら人員不足で諦めかけていた私に、一緒にどう?と声をかけてくれた。

「いよいよだ…!」

「瑛ちゃん、気合入ってるな」

「もちろんです!」

カメイアリーナ中央に設置されたコート。ここでバレーをする翔陽くんを、私はきっともっと好きになる。





コートの端から端まで駆け抜けた翔陽くんに、アドラーズのブロッカーたちは確実に意識を引っ張られた。その隙をついて打たれたスパイクは一直線にコートに落ちて、湧き上がる歓声に包まれながら、長いようで短く感じた試合が終わりを告げた。

「(終わっちゃった…)」

終盤はほとんど息を止めるように観戦していたからか、ほっと息を吐いた今もどきどきと鼓動が騒がしい。
ぱちぱちと拍手を送りながらもそろそろ店を片付けなければと手を動かし始めると、ざわりと背後が騒がしくなった直後、背中に何かがぶつかって熱い体温に包まれた。

「瑛…!」

「っえ…!?」

ずっと、機械を通して聞いていた声が、耳元で聞こえた。少し緩んだ腕の中で振り返ると、満面の笑みを浮かべた翔陽くんが、こんなとこに居たの!?全然わかんなかった!とけらけら笑っている。

「しょ、よ、くん…」

「久しぶり!会えんのすごい楽しみにしてた!」

再び私を正面からぎゅうぎゅうと抱き締める翔陽くんに、突然の再会に驚く気持ちと、嬉しくて今すぐその背に手を伸ばしたい気持ちと、でもここ人いっぱい居るし…!という理性もちょっぴり働く。
だけど、ブラジルへ行く翔陽くんを見送ってから、ずっと会えなかったから、やっぱり嬉しさが一番大きくて、ぶわ…と目に溜まる涙がこぼれるのと同時に我慢できなくなって、前よりもっと大きくなった背中に腕を回した。

「…おかえり、翔陽くん。」

「…ただいま。」




はぁ!?翔陽くん何やってんねん!?ってチームメイトさんが突撃してきて咄嗟に身体を離しちゃったけど、今から一緒に居られる時間はたくさんあるから、まぁいっか、ってもみくちゃにされる翔陽くんを見て笑った。





「もう見送るだけは寂しいから、今度は何処へだって、私も一緒に行くからね。」

「おう!」








99本のひまわりの花言葉「永遠の愛.ずっと一緒に居よう」


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