Blanc et Rouge 第4話 「紺碧の夜、しるべの星」 | ナノ




紺碧の夜、しるべの星

「夜を行くには、しるべが必要だ」



新緑から注ぐ木漏れ日のなか、
俺達は体いっぱいにその光を浴び、夢心地でいた。
ここは、俺の屋敷、フラム公爵家の庭だ。
俺とリリィ、それにフェナカイトのカイト── 命名はリリィだ、
いささか安直すぎるネーミングだが、まあいいだろう。
とにかく、その3人。 作戦会議も兼ねて、揃って日光浴をしていたのだ。

さて、前回のおさらいといこう。 俺達は攫われたカイトを追い、
宝石商「紺碧の夜」が主催する、
宝石の体をバラバラにして売る闇のオークションに潜入した。
使われているのは罪人の体と聞くが、それでも見過ごせる事ではない。
途中トラブルはあったものの、
「紺碧の夜」の代表である
ノクト・エトワールという人物の情報を、俺達は得たのだ。


「さて、次の訪問先はここになるだろうが……
このノクトという人物、
一体どの程度あのオークションに関与しているのだろうか」

「さあねえ……聞いてみないことにはなんとも、じゃない?」


俺たちの手により救出された姫君、
……というにはやんちゃが過ぎるだろうか。

その少年のような体を、のびのびと草むらに放り出して転がっていたカイトは、
俺達の会話を聞いていたのか、興味津津とばかりに身を乗り出し、
明るくハキハキとした、よく通る声で口を挟む。


「とっても気になるんだ!ねえ、ボクも連れてっておくれよ」


あんな目にあったというのに、
この娘は恐怖というものを知らないのだろうか。

動きやすいようにと、リリィがばっさりと整えた、
白髪のショートカットには、眩しすぎるほどに彼女の笑顔が映えた。

彼女のくりくりとした丸い瞳は好奇心に満ちており、
俺のこと期待たっぷりに、まっすぐに見つめていた。


「却下するぞ」

「ええ、どうしてだい?」

「どうしてもこうしてもあるか。カイト、君は解体されそうになったんだぞ?
 俺とリリィがいなかったら、どうなっていた事か」

「ああ!その時は本当に助かったよ」


そう言うとカイトは、ぱっと俺の手を取って胸の前までもっていき、
両手でがっしりとつかまえたまま、表情豊かなこの娘は、満面の笑みで感謝を示した。
……どこから突っ込めばいいのだ。
のんきすぎやしないか、どうか。……様々な意味合いを含んでだ。


「逆に言えば、僕達が付いてれば安心ってことじゃあないのかい?
  ……下手したら、また狙われちゃうかもしれないしさ」


リリィはあくびをしながらそう言うと、俺達の手をそっと引き離し、
カイトを、後ろから柔らかく抱き込んだ。

カイトがふわふわしたリリィの髪に触れながら、
不思議そうに首をかしげると、 リリィは、「ね。一緒に行こう」と、
耳元でそっと囁き、にっこり微笑みかけた。
カイトはそれに驚いたように目を見開き、ほほを染めて喜んでいる。


「……よくお似合いだ。姫君の身の安全は、君に任せるぞ」

「もちろん。任せてよ」


俺が呆れたようなまなざしで二人を見てそう言うと、
リリィは自信たっぷりにウインクして、そう返した。
そして、カイトの頬に優しく手を添え、
彼女のおでこへ、愛おしげに口付けを落とすと、背の高い体をぐっと伸ばし、立ち上がる。


「さあ、行こうか。僕らで力を合わせれば、きっといい結果になるさ」

「貴様には似合わん台詞だな」

「ええ。これぐらい言わせてよ」

「まあいいだろう。多少の締まりののなさには目をつぶろう、行くぞ」

「そりゃあないだろう、ご主人様」

「寝癖を直してから言え」


カイトは細く白い腕を振り上げ、 行こう!と
俺達の後ろで張り切った声を上げる。
全く元気のいいことだ。
俺としては、ぐったりと眠っていたあの姿の方がぐっと来るものが……
いや、この話はいいだろう。
娘が1人できたと思えば丁度いい具合だ、
そんなふうに思いながら、俺達は屋敷を後にすることにした。

──「紺碧の夜」代表、ノクト・エトワールという男が住む邸。
郊外の森林のそば、ひっそりと佇む青い色の屋根。
玩具のような造りは家主の趣味だろうか。
外観は可愛らしく、深い緑の森林を背景に、
葉書の絵として切り取れば、
なかなか良い雰囲気のものになりそうだった。


「さすが宝石商と言ったところか。趣味がいいな」


そんなことを零しながら、俺はドアをノックする。
中から「はい」と男性の声がして、 すこしの間を置いてから、
ドアが開き、ノクトが姿をあらわす。


「……ごきげんよう、フラム公爵。貴方が訪れることは聞いていました」


そう言って丁寧なお辞儀を返すのは、星の光を宿したような──、
しかし手入れはされていないのか、
ぼさぼさの長い金髪を後ろで束ね、
夜の帳を思わせるぶかぶかのマントを羽織った、痩せ気味の男。

家の外観も相まってのことか、
その姿は、どこかお伽噺に出てくる魔法使いのようだ、と俺に感じさせた。
ノクトは落ち着いた様子で俺達を中へ案内し、
使用人にお茶を出すように手で示した。
内装も趣味良く整っており、
油絵で描かれた絵本のような色合いにまとまっていた。

応接間のソファに腰掛けるまでに、
ノクトは2回ほど家具にぶつかり、
そのうちの1回は打ちどころが悪かったようで(恐らく足の小指だろう)、
ノクトは痛みをこらえるように、小刻みに震えながらソファにたどり着いた。

……よろしい。俺がくるとわかっていながら、
髪を整えていないことには不満があったが、
痛みに襲われても声をあげないように我慢したところには、
忍耐深さと客人への気遣いを感じた。

いや、これは親しみやすい人柄を覗かせて、
こちらを油断させようとする巧妙な作戦か……?
と俺が疑いを深くして眉間にシワを寄せていたところ、
リリィが突拍子もなく口を開いた。


「ねえ、おじさんがカイトを攫ったの?」

「ええ、そうなのかい!?」


そして、その問いに驚いたようにカイトが間の抜けた声を上げる。
俺達は漫才をしにここへ来た訳では無いぞ、とリリィを小突いて、
俺はなるべく重々しい口調でノクトに問うた。


「話を聞かせてもらおう。あのオークションを取り巻く事実の全貌、
 そしてお前たち、紺碧の夜の思惑を」

「……ええ、その話をするつもりなのだろうと思っていました」


ノクトは頷くと、テーブルに届いた紅茶と茶菓子を俺達に勧めた。
リリィとカイトは大喜びで菓子を頬張り、 頬を染めてその感動をしめし、
目の前のノクトを褒めたたえた。
ノクトは「喜んでもらえて何よりです」と、無表情で小さく礼をした。


「ロゼは食べないの?すごく美味しいよ」

「口にものを入れたまま喋るんじゃない、阿呆」


この男は雑音を生み出すことしか能がないのか?
すっかり餌付けされているリリィを
その場で張り倒してやりたい気持ちを抑えながら、
俺はノクトの、静かな夜を映す瞳を見つめ、その言葉を待った。


「まず一つ、忠告があります」


ノクトはそう告げると、目を伏せ、控えめに紅茶を口に含む。
それを飲み込むと、一つ息を吐いた。
そして俺の目を真っ直ぐに見据え、彼は言う。


「貴方たち宝石は、私達人間にとって、
 ときに愛玩対象であるということ。
 フラム公爵、あなたの貴族という地位も、
 宝石としての’‘希少価値’'があってのことです。
 それを、先ずはお分かり頂きたい」

「……重々承知している」


宝石と、人間の関係。
表向きは良好な関係を築いていると言われている現在だが、
先のオークションの件を含み、影が無いとは言いきれない。
俺は貴族としてのその立場から、
人間と宝石の間の様々な光、そして影を見てきた。

"Gemme maria"──俺達が暮らすこの街の技術や文化は、
人間と宝石、どちらか片方の力が作り上げたというものではないのだ。
長い歴史の中の協力関係の中で築かれたものであり、
その点で言えば、 平等な関係が結ばれることが理想であり、
それが俺達のあるべき姿だろう。

そのために、俺は尽力している。
宝石貴族会代表としての責任であり、亡き父から託された仕事。

しかし、宝石はその美しさや、
芸術品としての価値を持って初めて、「宝石」と呼べるのだ。
それは揺るぎようのない事実であり、……俺達の誇りでもある。
その性質上、俺達が人間に愛玩対象として見られるのは、
当然とも言えることであろう。
価値があるからこそ産まれる、愛玩道具としての差別。

俺達が抱える問題の、そのひとつだ。
俺とて、目をそらしていた訳ではない。
だからこそ、事実を彼に問いただそうと、ここまで来たのである。

人間と宝石の関係を脅かすようなことがあれば、放ってはおけない。
俺は、視線に力を込め、ノクトにそれを訴える。

感情を表に出さず、
あまり表情を変えないノクトは、淡白な人間にも見えた。
だが、その人を落ち着かせる穏やかな声と、
丁寧に言葉を選んで喋る様子からは、
……どことなく、信頼に足りる何かを感じるのだ。
俺は、それに賭けたいと思った。

──いや、そうであって欲しいと、願ったのだ。
ノクトは俺の返事を聞くと、またゆっくりと口を開く。


「無礼をお許しください、フラム公爵。
貴方を思っての忠告です。 これ以上足を踏み込むと言うのなら、
貴方へ身の危険が生じる可能性もある。 もちろん、貴方のお友達にもです」

「危険、か。それを忠告するということは、
あのオークションに潜む闇を、認めたも同然ということだな」

「………………」


ノクトは沈黙する。 マントを肩に羽織り直すと、
紅茶をひとくち口にして、 長いまつ毛を伏せ、目を細めた。

俺は顔の前で手を組み、再び問う。


「Lは、どういうつもりでいる?」

「あのお方のお心は、誰にも知ることはできませんよ」

「……話にならんな」


俺はその言葉に対し、嘲笑してそう吐き捨て、
足を組み直した。 自分でも意外だった。
穏やかに事を進めたい気持ちの裏腹、こんな態度を取る自分に驚いた。
どうも、熱くなってしまう性分だ、俺は。

その点、隣で菓子を食うこの男には、
冷静になる機会を与えられている気がする。
……いや、奴はのんきなだけか。

ええい、今だ。役に立たんか。
菓子を食っている場合ではない、なにか喋れ。
こういうときに突っ込んでいくのは貴様の領分だろう。

そんな事を思いながら、俺は優雅な仕草で紅茶を口に含み、やれやれと首を振る。
炎のように赤く鮮やかな、艶のある髪が流れていく様、
幼さを残しているが端正なつくりの目鼻立ちを、暗くアンニュイな表情が引き立て、
陰と陽、絶妙なバランスで成り立つ俺の造形、
その美しさに溜息を漏らさない者など、誰が居ただろうか。

俺は、必死になってリリィに念を送っていた。
ノクトは黙ったまま、それを見つめている。

間だ。 気まずい以外の何物でもない、間だ。

なぜこういう時に限って察しが悪いのだこの男は?
リリィ、頼む。喋ってくれ。
カイトはきっと話を飲み込むことすら出来ていない、
キッチンで焼かれているケーキの匂いに夢中だ。

やっとのことだ。 頬張っていたドーナツをごくんと飲み込み、
口をもごもごさせた後、リリィは喋った。


「なにかっこつけてんの、ロゼ」

「やかましいぞ」


なんなのだ貴様は? 主人の窮地も察することができず、
口を開いたと思えばこの俺を侮辱するとは。
いいだろう。よく覚えておくがいい。駄犬。この駄犬が。

俺が引き攣った笑みでリリィを睨むと、彼は気味が悪そうな顔をしたあと、
きょろきょろと俺とノクトの顔を交互に見た。釣られてカイトも同じことをする。
そして頭の上に疑問符を浮かべ、カイトと目を見合わせた後、ノクトに声をかけた。


「おじさん、困ってることがあるなら言ってよ。
 ロゼが、きっとなんとかしてくれるからさ」

話を聞いていたのかこいつは。
その上、発言の責任のすべてを俺に負わせるつもりか。
いいだろう。よく覚えておけ。
後で足蹴にしてやる、駄犬。この駄犬めが。

しかし、その言葉を聞いたノクトは、意外な表情を見せた。
目を見開いてリリィの顔を見ると、
少しの間咳き込み、 その後眉を下げて笑ったのだ。

……ふむ。 前言撤回だ、手柄かもしれん。
ノクトの心にどう響いたのかはわからんが、成り行きを見守ろう。
俺は腕を組んで、ノクトの言葉を待った。


「……いい従者をお持ちで」

「自慢の犬さ。察しがいい上に美しい」

「ええ、本当に」


いい子だ、リリィ。 俺はそう言って彼の方を流し見て、微笑んだ。
リリィはきょろりと俺の方を見ると、
「言ったでしょ、任せてって」と自慢げに言葉を返した。

愛嬌のふりまき方というもので、この男に勝る人物を俺は他に知らない。
そう言ってやりたくなる程度には、自慢の従者なのだ。
さっきはさんざん言ったがな、それも愛情の一部だ。 きっと、多分、恐らくな。

本人に言えば調子に乗るだけだ。
俺が言わずとも、俺からの信頼を確信し、期待に応える結果を出す。
それがリリィという男だ。

──俺と君との関係は、思ったよりバランスよくできているらしいね。

いくらか場が和やかになったところで、話を戻そうと俺は改めて口を開いた。
ノクトは緩めた表情を、再び真剣なものに変える。
それは少しだけ不器用な仕草にも見え、力の抜けた笑顔を見た後だからだろうか、
先程より、人間らしい、深い優しさを帯びた表情に見えた。

俺が彼から感じた人間性に、
誤りはなかったようだ。 自然と、俺の声も穏やかになる。

人間と宝石。 その関係が築くものが、
どうか穏やかな未来であるようにという、願い。
それが、この人物── ノクトの心にもあるのだと、俺は思いたくなった。


「リリィの言った通りだ。協力できることがあればしたいというのが本心。
 人間と宝石、その関係に尽力するのが俺の役目。そのどちらにも、助けの手は伸ばすつもりでいる」

「それは、宝石貴族会の代表として、ですか?」

「いや、この件に関しては、俺個人として動くつもりだ」

「……なるほど」


ノクトは口元で手を組み、考え込む。
その表情は真剣そのものであり、彼の沈黙は長く続いた。
そして、覚悟したように、ようやく口を開く。


「"紺碧の夜"をはじめとする、
 L様の配下の組織には、派閥があります。
  ただ、L様はそのどれにも属さず、見守るという立場を取っている。
 つまり、その中で動く影の部分、
 広まりつつあるそれを、止める人がいないのです」

「……具体的には?」

「人間と宝石、良好な関係が保たれている現状を、
 よく思っている者、思わない者がいるということです」

俺は眉をひそめる。 いない訳では無いだろう。
宝石が「価値のあるもの」である以上、危惧すべきこと。


「宝石から一方的に搾取できる社会を望む者……か」


ノクトは静かに頷き、そして口を開く。


「フラム公爵。その者を打ち倒せとは言いません。
 ですがどうか、その未来を導こうとする、悪。
 ……そう言って差し支えない者に、制裁を与えて欲しいのです」


具体的な人物名までは出せないのだろう、
彼もこの組織の一部だ、俺はそう察した。
しかし、「悪」や「制裁」と言う言葉を使ってまで、俺にそう訴えるということは、
……確かに、いるのであろう。 全ての陰謀の手を引く、その人物が。


「……ああ。その頼み、引き受けよう」

「感謝します、公爵」


ノクトは深々と礼をすると、使用人に何かを命じた。
少々お待ちを、と彼が言ったあと、
使用人は別室から何かを持ち出してきた。なにかの書類のようだ。
ノクトはそれを受け取ると、俺達に差し出し、文面に指を添えて説明する。


「これは、我が"紺碧の夜"が管理している建物への入場許可証です。
フラム公爵、貴方は広く身分を知られています。
調査をするのであれば、……そちらのお二方が適任かと」


ノクトはそう言って、リリィとカイトの方をそっと示した。
2人はまた目を見合わせた後、机に身を乗り出して目を輝かせる。


「潜入調査っ!?」

「そりゃ僕達にぴったりだね!!」


果たしてそうだろうか。
なんとも言えない顔をする俺の背中を、リリィはばしばしと叩いている。
やめんか無礼者。叩き切るぞ。


「そんな顔しないでよロゼ。 僕に任せておけば、
 なんだってうまくいくじゃない。いつだってさ!」

「ああ。そうだったな」


俺の棒読みの台詞をよそに、リリィは意気揚々と許可証を受け取る。
そして、ひらひらとそれを掲げると、カイトを脇に抱え、颯爽と去っていった。


「善は急げ、悪は待っちゃくれないってね! んじゃ、後は僕達に任せてよ、ロゼ!」


嫌になるほど明るく朗らかなリリィの声が、邸に響き渡っていた。


「やれやれ……」


俺はそう呟き、大きなため息をつく。
頼りにしてない訳では無い、信頼してない訳でもない。
しかし、今回は相手が相手だ。 奴は、どこまでそれを理解しているのか。
……まあ、奴の事だ。 「期待に応える結果を出す」、それがリリィという男だ。
俺のその信頼を裏切るような真似をすれば、叩き切るのみ。
うむ、シンプルな答えだ。 俺達は、いつもそうやってきたのだ。

俺はゆっくり息を吸うと、立ち上がり、ノクトと握手を交わし、邸を後にした。
これから起こることへの期待と不安──そして、その覚悟を胸に秘めながら。

Blanc et rouge 4 「紺碧の夜、しるべの星」 2016.01.20















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