Blanc et Rouge 第3話 「見世物小屋のオークション」 | ナノ




見世物小屋のオークション


「華麗なる救出劇となれば、相応の衣装を用意しないとね」


オークション潜入という目的のもと、
俺たちは近くの衣装屋で、急遽、服を調達した。

俺は、赤い髪が映えるように、
いつもの衣装より落ち着いた印象の、黒のロングコートを選んだ。
リリィは量のある髪を後ろに撫でつけ、
たくさんフリルがついた白い服を身にまとい、
どこかの国の王子のような格好をしていて、
いつもの寝ぐせにだらしない格好をしている彼とは見違えるようだった。


「しかし、結局正面突破か。
 あれだけしておいた後では、なんだか阿呆のようだ」

「だろう?最初からぼくの言う通りにしておけばよかったのさ」

「思いつきで言っただけだろう、貴様は」


俺たちの名前は名簿になかったが、
事情を聴いていた受付の係員は、笑顔で俺たちを奥へ通した。
オークション会場は、城の外観同様、サーカス場のような雰囲気をしていて、
天井からは橙と青の幕、黒い席がずらりと並び、
鉱石たちが昇るのであろう段上には、色とりどりの風船が飾られていた。


未登録の展覧会場、ひっそりと建つ小さな城、サーカス場──
“見世物小屋"と考えてしまうと、嫌な予感がよぎってしまう。

果たして、彼女は本当に無事なのだろうか?
今は、ルーナのあの目──彼女の事を信じるしかない。


がやがやと集まってきた客で会場が騒がしくなったころ、
「静粛に」と、段上で台が叩かれる。


「さて、お集まりの皆様。今宵お見せしますのは、
   我が紺碧の夜、秘蔵も秘蔵のコレクション達です」


会場にくすくすとした笑いが広がる。会場は照明を落としていて、
それはどこか怪しい雰囲気だった。
俺が嫌な予感に眉間を押さえたとき、先の予感は的中した。


「まずはこちら──ファントムクオーツの眼球!」


「新鮮なうちに」抉られたのであろう、
丁寧に台の上に乗せられた生きた鉱石の目玉を見て、俺は絶句した。


青ざめる俺を置いて、会場は沸きあがり、早速競り合いが始まる。

「次はこちら──クリソプレーズの腕です」

台の上に乗せられるのは切断された白い腕。
切断面は石化し、綺麗なアップルグリーン色をしていた。


「夢や希望を手繰り寄せる手がかりに、是非どうぞ」


洒落のつもりかはわからんが、全く洒落にならん。
会場にはまたくすくす笑いが広がり、競り合いが始まる。

俺は倒れそうになっていたが、リリィは黙って見ていた。
その目は真剣というよりかは──深い興味に満ちた、静かな目だった。


「そうやって魅了されていくの。ここに来る人たちはね」

「ルーナ!どういうことだ、これは」


人の間を縫ってこちらにやってきたルーナに、俺は詰め寄った。

 ──俺とて貴族会の一員、聞いたことが無いわけではなかった。
   罪人である鉱石の体をバラバラにし、
   見世物にして売る、裏のオークション……


「ご存知のとおりよ、フラム公爵。
 ここで売られるのは罪人の体、
 それを見世物にして暇なお金持ちたちを楽しませるの」


「それを聞いているのではない、彼女の安否だ!
 彼女には何の罪もない、まさか生身の彼女を──」


彼女の鉱石に対する深い愛情──

あの目は、常に”商品”である俺たちに注がれるものだったのだと悟る。
・・・そして、俺の二度目の嫌な予感は的中する。

「さて、お次はお待ちかね、本日の目玉になります、
             ──生きた鉱石の”解体ショー”です」

会場は沸きあがった。静粛に、静粛にと台を叩く司会の後ろで、
深い緑のドレスを着た、白髪の──フェナカイトの少女が入場する。


「彼女だ!」

「わあ、オメカシして、綺麗だねえ」

「間抜けなことを言ってる場合か!」


段上に向かって駆け出そうとする俺を、リリィはどういうことか制止した。


「待って。僕に考えがある」


リリィはそう言ってウインクしてみせると、抱き上げた俺を床に下ろし、
ルーナに目配せして、優しい声で囁いた。


「先にルールを破ったのはそっち。
 僕がステージに上がって少しお芝居をするぐらい、許してくれるよね?」


「……いいわ。好きになさい」


「ありがとう、ルーナ」


ルーナは心なしか顔を赤らめて、とろりとした目で頷いた。
その後、はっとして、駄目、私には婚約者が、などと小声で呟き、
手で顔を覆ってごまかしていた。

その様子に俺は呆れて、「勝算は」とリリィに投げると、
彼は「まぁ、見ててよ」と、悪戯っ子のような笑顔を見せた。


両手を縛られた姫君は、薬を飲まされ、がくりと頭をさげる。
そのまま台に乗せられ、
だらりとした体に吸いついたシルクのドレス、
華奢ではあるが女性の体をした、死体のように横たわる彼女は、
先程まで纏っていた少年のような雰囲気を倒錯させ、一層艶めかしく映った。


「悪くない眺めだ」


そうこぼした俺を横目に見て、ルーナはふふりと笑う。
さて、あの王子様にはどんな策があるのかしら──と、
腕を組みながら、ショーを前に舌鼓をしていた。


リリィは、長い上着の裾を揺らし、静かに段上に上がった。
ゆっくりと、妖精のような声で
「ごめんね」と謝りながら段上へ向かう彼を、誰も止めなかったのだ。

「……さてはて、これは美しいお客様ですね。
   見たところ、あなたも宝石のようだ。名前は?」


「リリィ。リリィ・ティア・ブランシュだよ。
         ──ねえ、その子をもらってもいい?」


司会はこほんと咳払いをした。
会場には戸惑いと笑いがおこる。なんだ、漫才でも始めるのか?と野次が飛んだ。


「御冗談を。競りは席でお願いしますよ、白百合の君」

「丸ごと欲しいんだ、彼女を。駄目かい? それがだめなら、彼女が死ぬ前に──」


不思議だった。喜劇ではあるが、リリィがその妖精の声で喋ると、
それはまるで悲劇の台本で、台詞は儚い恋を演じるように響いた。
リリィの見目の良さもあり、会場は不思議と沸き立つ。


「──死ぬ前に?」


彼の憂いを帯びた双眸に、司会までもが目を奪われていると、
リリィはくすりと笑ってみせ、台の上の彼女の方へ向かった。

観客は、扇を揺らし退屈そうに眺める者と、
目を輝かせて段上の芝居にくぎ付けになるものと、二分されていた。

──もっとも、扇を揺らすものも……
  リリィを競り落とす算段を、こそこそと企てているのだ。


「小さいお姫様、彼らの無礼を許して。
   君がとびきり可愛いから、みんな気が狂っちゃったのさ」


リリィは白い腕を手に取った。
それを物憂げな表情で見下ろすと、一筋の涙をこぼし──
きらきらと瞬くそれは彼女のまぶたにおち、リリィはその上に唇を落とした。

すると少女は、林檎がとれたかの姫君のように、
その体をゆっくりと起こし、リリィの目を見つめた。


「……ずらかるぞ!」


俺はリリィに聞こえる声でそう叫んだ。
リリィは俺の声を聞くと、片腕で軽々と少女を抱き上げ、段上を飛び降りる。


成程ね……。
君が姫君を救う美しい王子なら、俺は血を浴びた黒いカラスだ。

寓話のワンフレーズにでもなりそうじゃないか。
俺は赤髪をかきあげ、口の端で笑うと、
腰にさした細剣を取り、出口までの通路を切り開いた。
黒いコートを翻す。汚れ役なら引き受けよう。


「悪いね、ご主人様!主役は僕が頂く!」

「構わん、続けろ!さあ、どけ、貴様ら!
        邪魔をするものは叩き切るぞ!」


リリィが彼女を抱き抱えたまま颯爽と窓から飛び降りたのを確認すると、
俺も後に続こうと駆け出した。
すると、ルーナが腕を引きとめ、一言言った。

「今回のツケはこれでチャラよ。何かあったらここに」

「ああ、構わないよ。話し合いはまた後日、
     お茶でも飲みながらゆっくりとね」


ルーナは微笑み、連絡先を書いた名刺を手渡すと、
混乱する客人たちを、急いで収めに行った。
俺は受け取った名刺を咥え、
両手で窓の枠をつかみ、渾身の力で飛び降りた。


名刺には「紺碧の夜……代表、ノクト・エトワール」とあった。
次の訪問先はここになるだろう……。
今回の件で問い詰めたいことが山ほどあるな、と指折り数えながら、
俺は駆けていくリリィを追った。


かくして、少女救出劇──改め、フェナカイト救出劇は、
観客の興奮冷めやらぬ中、幕を閉じるのだった。



Blanc et rouge 3 「見世物小屋のオークション」2014.10.17















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