オークションへの招待状 「たまには君を褒めてもいいかもしれないな」 馬車の行き先は、サーカス場のような様相をした、小さな黒い城だった。 俺たちは馬車を乗り継ぎ、宝石商「紺碧の夜」の馬車を追った。 追ってくる俺たちに気付いたのか、 途中かく乱するような動きも見せたが、 リリィの素晴らしい土地勘と運で、俺たちはここに辿りつくことができた。 「何年この街に居座ってると思ってんの。 ・・・でもこの建物は、見たことがないな」 城を見上げると、てっぺんには青い旗がついていた。 旗には、"L"seclet castle──とある。 時刻は夕方を過ぎ、あたりは暗くなってきていた。 入口は着飾った人々でいっぱいになっていて、 ……どうやらここは、展覧会の会場になっているようだ。 「俺も初めて見る……妙な城だな。 展覧会の会場は貴族会への登録申請が必要なはずだが、 ・・・奴らこんなところに隠し持っていたのか」 「あらら…じゃあ、お約束やぶりってこと? あんまり足を突っ込みたい物件じゃないなあ、でもあの子の事は心配だ」 「とにかくここまで来たんだ、最後まで成し遂げねば。 どこか──裏口を探そう」 未登録の展覧会場──密取引の会場になっている可能性もある。 塀を乗り越えるのに背丈の足りなかった俺は、 俺より頭二つほど背の高いリリィの力を借り、 彼の肩に足を乗せ、よっこらせと塀を乗り越えた。 「その細剣、使う場面がなければいいけど」 「もしものときはもしもの時さ。 しかし、もうちょっと 身軽な服装で来るべきだったかもしれないな」 俺はたっぷりと羽のついた帽子に赤いマント、 ヒールのついたブーツに細剣をさした格好だった。 着馴れた格好であり、動きづらさはないのだが。 ・・・このままではいささか目立つだろう。 「君はお客さんのほうに混じって 忍び込んだほうがいいんじゃないのかい?」 「バカを言え。"紺璧の夜"の連中には全員顔が知れてる。 俺だとバレたら動きづらいだろう」 「はあ。特権でなんとかなるもんじゃないんだねぇ」 「貴族会と宝石商とは、まだ関係が不完全なのだ。 こちらが全て権利を握れているわけじゃない」 「なるほどね」 宝石商会「紺璧の夜」のトップに立つ人物 ──ラピスラズリ。通称"L"。 彼女も謎起き人物であり、 動向のすべてを把握できてはいない状況だ。 俺は説明しながらマントと帽子を外して、 目立たない場所に隠した。 ベストにズボンと、 身軽な格好になった俺は、一息つくと、あたりを見回して、裏口を探す。 ・・・すると、茂みの向こうに、小さな扉があるのを見つけた。 「あった。あそこから忍び込もう」 「僕、入れるかなあ」 「屈め、馬鹿もの」 よいせえなどと気の抜けた声を発しながら リリィが扉を開けると、そこは暗い通路だった。 さとられように足音を忍ばせて中に入る。直後、背後から声がかかった。 「遅かったわね、ガーネット。いえ……フラム公爵とお呼びするわ。 入口はここじゃないけれど、何かご用かしら?」 ……まずった。やはり俺たちが来ることは知れていたようだ。 俺たちに声をかけたのは、 セミロングのつりあがった目をした女性 ──宝石鑑定師シエルの婚約者、ルーナだった。 「……と、その従者さんだったかしら? 水入り水晶のリリィね。以後お見知りおきを」 「よろしくお願いします」 「……じゃないだろうが!」 のんきに握手までしているリリィに俺は突っ込んだ。 あいさつに来たのではないのだ。それだったら正面から入るというもの。 俺たちはここに忍び込んで……そしてばれたのだ。それも早々に。 「俺がここに来るのは、必然だったとでも言おうか?ルーナ。 どういうことなのか説明してもらう。 鉱石誘拐の件、見逃せとは言わせんぞ」 俺は語気を荒くする。リリィは相変わらず間抜けな顔をして突っ立っている。 ルーナは俺の言葉ににっこりと微笑むと、こう言った。 「事情はたくさんあるわ。まずはゆっくりお茶をしない? ……と、言いたいところだけど。予定が差し詰まっててね。 品評会の後にオークションがあるわ。彼女とはそこで会えるはずよ」 「誘拐された鉱石が売られていくのをみすみす見逃せと?」 「手荒な真似はしないと約束して。 大切な場なの。あの子を悪いようにはしないわ」 ルーナは強いまなざしでこちらを見る。 説得するために待ち伏せた……というわけか。 相手は女性だ──俺も暴力を振るうような行動に出るつもりはない。 俺はルーナの目を見つめ、少しの間考え込んだ。 この女の言葉、どこまで信じるべきか。 しかし、そのつよいまなざしの中には、 鉱石に対する深い愛情を感じ取ることができた。 「いいよ。君の事を信用しよう」 「恩にきるわ、フラム公爵」 彼女はまたにっこりとほほ笑むと、 じゃあ私はこれで──とその場を立ち去った。 取り残された俺たちは、その場にいる人々と比べて貧相な格好をしており、 ……うむ、少々気まずい。と一度建物から出ることにした。 「ロゼは美人に甘い」 「たわけ。貴様だって喜んで握手してただろう」 「まあまあ。それはさておき、オークションか……どうする?」 「どうするもこうするも、 出向かなければ話がはじまらないだろう。まずは格好からだ」 「君はあの隠した服を着ればいいじゃない」 「一度地べたに置いた服を身にまとうものか。 オークションにはまだ時間がある、貴様の分と一緒に新調するぞ」 「はあ」 この男も相応の格好をすればずいぶんといい家の出に見えるもので、 俺たちがあの客層とともにオークションに忍び込むことについては、 さして問題はないだろう。 かくして、俺たちの少女救出作戦は ──オークション潜入という形で続くのであった。 Blanc et rouge 2 「オークションへの招待状」2014.10.11 |