Blanc et Rouge 第1話 「黒い馬車は出迎える」 | ナノ




黒い馬車は出迎える


「リリィ、君を支配しようと思ったことは、俺には一度もないんだよ」


──"Jemme Maria"。
マリアの宝石箱、とも呼ばれるこの街には、
「人間」と「宝石」、……異なる住人がともに暮らしている。

どちらが先に、だとか、どちらがより偉い、ということはなく、
俺たちはずっと昔にこの街で出会い、そしてずっと昔から、手を取り合い、生きている。

その美しい呼び名の通り、白い煉瓦の積まれた町並みはいつも整っており、
それは住人たちのちょっとした気遣いや、
美しくあろうとする自信と、ほんの少しの見栄のようなもので築かれたものだ。
繊細な装飾の施された黒いアーチをくぐり、
色とりどりの屋根の色、目に鮮やかな散歩道を、パトロール代りに歩けば……と、

紹介が遅れたね。俺は、ロゼ・フラムという名だ。
この街の住人の一人、ガーネットの石を身に宿す「宝石」だ。

隣を行く仏頂面の──こんな表情でなければ、ずいぶん綺麗な顔をした、
白髪に翠色の瞳の男、リリィに言葉を投げる。
……もちろん容姿に関しては、俺も負けた気はしないのだが。

話が逸れてしまったが、彼もこの街の住人──
水入り水晶の石を身に宿す「宝石」だ。


「……ふうん。首輪もリードもつけないもんね。お父さんとは大違いだ」

「父はそんなこともしていたのか?
 悪趣味だな。実に理解に苦しむ。
 ……いや、しかし支配欲求か。ならばわからんでもないが」


リリィ。フルネーム、リリィ・ティア・ブランシュ。
この俺、ロゼ・フラムの下僕……いや、親愛なる友である男。
フラム家とブランシュ家は、長くの間、主従関係を保ってきた。
リリィは父の代からフラム家に仕えており、
亡き父の忘れ形見として、俺の手に渡されたのだ。


「君は主人で、僕は奴隷。──だってのに、
 並んでお散歩だなんて、ずいぶん平和なカンケイだね」

「ペットと散歩するぐらいなんのことないだろう。
 ……いや。違うぞ。リリィ、俺は──」


片手をひらひらさせながら、リリィは退屈そうにあくびをする。
違うのだ。この自由気ままな生き物には、
ペットという言葉が打ってつけではある、しかしだ。

俺が求めているものは違う。
右目にあてられた眼帯に手を当てる。
貴族という恵まれた地位にいながら、生まれ持った傷。欠陥。

俺の右目は、<原石症>という奇病に侵され、
眼窩からは石が生えているのだ。

石の成長には痛みを伴う──ブランシュの涙には、それを癒す力がある。


「君は俺の杖だ。そうして、俺の痛みを分かち合う、友であってほしい」

「その言葉は、何度も聞いた。君って、本当にキザだ」


リリィは不機嫌そうに頭の後ろで腕を組む。
そしてまた、それはそれは眠たそうにあくびをひとつ、ふたつ。

今すぐにでも帰って寝たい、と言わんばかりのその態度が、
俺はいささか癇に障り、昼間の街中でみっともない、などと小言をこぼした。
……昨日だってずいぶんな時間眠っていたのに、まだ眠り足りないのかと少し呆れる。


「僕たちは、友達にはなれないよ。
 ──僕は自分の秘密を、他人に明け渡したくはないのさ」

「貴様も負けずに気障なことを言う」


この男も、言葉にそう疎いわけでもなかろうに、
俺との会話をやたらと面倒くさがる上に、しぶしぶといった態度を隠そうとしない。
眠気を覚ましてやろうかと、日頃のうっぷんとばかりに、杖で足を小突いてやった。
リリィはうわあだとか間抜けな声をあげて、
やる気のなさそうな反応をし、呑気にみっつめのあくびをしていた。


「はあ。貴様と俺で口説き合って何が楽しいのだ」

「君は楽しいのかと思ってたよ」

「まさか。退屈きわまりない」

「そうだろうね」


俺は頷く。
そろそろ公園にたどりつく頃だろうか、
整えられた濃い緑色の植え込みと、白い石のアーチが見えてくる。
俺はここに植えられた赤薔薇を特別気に入っていた。
いつも手入れをしている庭師にねぎらいの言葉でもかけようと思っていたのだが、
どうやら今はいないらしい、広場を見渡して息をひとつついた。

きらきらと木漏れ日が優しく射してくる時間帯、
俺にもうつらうつらと眠気がやってくる。
とはいえ、こんな和やかな時間を過ごせることに、俺は胸の内で感謝していた。
──この街で暮らす住人たちと、それを彩るこの街並みに。

そうやって、ああだこうだと言って歩いているうちに、分かれ道にたどりついた。
どっちへ進もうかも決めていない当てのない散歩に、終わりを提案することもなく、
そのへんに落ちていた木の枝でもって、俺たちは行く先を決めた。


「そもそも、貴様が俺をフるから話がややこしくなるんだ。
 そこは素直にうんといっておけば──」

「うん?」

「何だ」

「ねえ、あれ見てよロゼ。今は宝石の捕獲は禁止されていたはずだよ──」


リリィが指した方向──公園を抜けた先の街道、
その少し裏路地へはいった場所へ、馬車が止まっていた。

真っ黒なカーテンに宝石がちりばめられた──あれは、宝石商「紺碧の夜」の馬車だ。

悲鳴を上げられないようにテープで口をふさがれ、
両手を縛られて中に入れられる少女。

……不穏な光景に、ぴりりと緊張が走る。
まだあちらは俺たちに気付いていない、不意を突けば──と思考を巡らせたところで、
馬車は急いで走りだし、俺たちは出遅れてしまった。

窓からのぞく少女はテープを外して俺たちに告げる、
「ぼくは、だいじょうぶ」──

……隣にいる男と同じ匂いがする。


「一体ぜんたいなにが大丈夫なのだ……」

「どうする?後を追う?」

「追うぞ。宝石商のやつらめ、
 鉱石貴族会への裏切りだ。真相を確かめて厳罰処分する」


以外にもええだのいやだだの反論はせず、
真剣なまなざしでリリィはうなずく。
俺は驚いて、一体どうした、何故そんな顔をしている、と問うた。

もっとも、事の重大さを思えば当然の反応ではある、のだが。
いかんせんこの男は不真面目だ。
俺があえて言葉にして言うほどの、救いようのない腑抜けなのだ。


「とってもかわいかった。好みの女の子だ」

「ああ、そうかい」


この男に正義感が芽生えたかなどと少しでも期待した俺は莫迦だった。
俺は緊張感を取り戻そうと、行くぞ、と小さな声でリリィを急かし、
馬車の走っていく方向へ向かう。

かくして、いささか緊急時としては緊張感が足りないが、
俺とリリィの少女救出計画が
 ──彼女がどんな石なのかは不明のまま、幕を開けるのだった。


Blanc et rouge 1 「黒い馬車は出迎える」2014.10.xx















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