1.はじめまして

最近アシリパがコタンに帰らない。
雪の中で動けなくなることなんて、アシリパに限ってないとは思うが、それでもこの厳冬期にひとりで山に出て、何日も帰らないことはなかなかない。nameは異父妹を心配し、コタンを出た。

nameは、アイヌの女である。すでに三十路を数えるが、背が高く凛とした美しい顔立ちが年齢を感じさせない。持ち出したのは父が作ったメノコマキリに山刀、それに古い型の単発銃。山を歩くときはどうしてたって重装備になる。

アシリパを探し歩くうち、遠い銃声が何度か聞こえた。場所までは把握できないが、不穏なことに変わりはない。「ただの密猟者だといいのだけど……。」それでも銃声の聞こえた方角に進む。

冬の日は暮れるのが早い。夕刻になったため、その日はいくつかある仮小屋のひとつで休むことにした。ここにもアシリパの形跡はない。


一人の夜は苦手だ。いろいろなことを思い出すから。


水を汲みに川へ出ると、軍服を身につけた男の死体が流れてくるのが見えた。帰らないアシリパといい銃声といい、近頃は妙なことばかりだ。驚くが、放っておいても後味が悪い。引き上げるため、nameは身も凍る冷たい水に入っていった。

腕が折れ、顎の骨も割れている。川の水に浸かって体の芯まで冷え切っているはずだが、しかし男は生きていた。
手早く火を熾し、折れた右腕に気をつけながら男の濡れた軍服を脱がせる。袖を引き抜くとき、痛みのせいか男の目が緩く開いたが、またすぐに気を失ったようだった。
自分の服や靴も乾かしながら、彼の腕を固定し、顔の傷には手持ちの薬草を塗りつけ、湿布する。あとは火の番をしながら朝を待つしかなかった。

「腕はともかく顎は……早く専門の医者に見せた方が良いのだけど……。」
ぽつりと呟く。かつて10年近くも住み、慣れ親しんだはずの小樽の街へは、この3年間一度も降りていない。nameは、ぐっと唇を噛み締めた。人の命がかかっているのだ。四の五の言っている場合ではない。
「朝になったら、連れて行こう。」
彼女は自らの身体を引き寄せた。「寒いな……。」


その時、川下の方から点々と灯が見えることにnameは気づいた。
馬のいななきや大勢の重たい足音が聞こえる。

「お仲間がいらしたかな、さよなら、シサム。」
よかったね、と言い残すと、nameは手早く火の始末をし、まだ薄く濡れた軍服を男にかけると、自分の荷物をまとめ、森の中へ消えた。


「火の始末はされたばかりです。追いますか。」
「何者かに山で襲われたのか?手当てはアイヌのものだな?……何があったのだ?どうして尾形上等兵は単独行動していたのだ?」
「わかりません、意識の回復を待つしか……。」




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