dishs and books 8

それからというもの、イルミは3日と開けずに来ることもあれば、
一か月ほど音沙汰なしのときもあった。

仕事(……!)が忙しいのだろう、nameは勝手に判断しつつ自宅の本棚を整理し、
いざという時ヒトはこんなにも流されてしまうものなのだなあ、
と己の弱さを人類のサガのせいにしてみたりしながら、
彼のために翻訳済みのコーナーをひとつ設けた。

もちろんname厳選の超オススメ名作集である。

イルミはいつもベランダから入ってきてそこから帰っていくらしい。
らしい、というのは、
最初は律儀にしてくれていたノックと挨拶がいつの間にか省略されるようになり、
いつの間にか入ってきて(鍵の存在とは)、
ソファに座り漫画を読み、
いつの間にか帰っているからである。
さすが一流の殺し屋、気配の消し方がそこらの猫より断然うまい。

nameは最初こそ驚いていたものの、
もうこれは漫画を読む野生の猫だと割り切って、
帰宅してから寝るまではベランダの鍵を開けておくようにしていた。
暗闇に浮かぶ能面怖いし。


イルミは基本的に、nameが何をしていても気にしない。
淡々と来て、堂々と2人がけソファを占拠し
(だからわたしの定位置はダイニングテーブルになったし、
ソファ側にあるテレビが観られなくなったのでドラマの最終回は同僚に聞いた)、
淡々と漫画を読み、淡々と帰って行く。


そんな突発的に始まった異常な生活が半年ほど続いたある日、
本当に珍しく、nameにイルミが声をかけた。


「ねえ、ここにあるの全部読んじゃったんだけど。」


「(OH……とうとうこの日が)
いまウチにある漫画はそれで全部なんです。 残りは実家にありまして……
というか、大型の本屋に行けばジャポン漫画って
よりどりみどりなんですけど、イルミさんはなぜ我が家に……?」


nameが勇気を振り絞ってここ数ヶ月の疑問を口にすると、


「オレ長男で、下に4人いるんだよね。
で、暗殺稼業に感情なんて必要ないって育てられてきたし、そう教えてきた。
けど、感情が何かっていうこと自体は知らないと思うんだ。

コレ読んでると、知識が得られそうな気がする。
面白いね、あんなに必要としなかった感情をオレが学びたいなんて。

あと、nameの本棚に並んでるのが、本屋で選ぶより手っ取り早い気がするから、かな。
適当に自分で選ぶよりイイみたいなんだよね。」


ここに来てから一番喋ったイルミは、いつものように2人がけのソファの真ん中に座って、
背もたれに手をかけ、仰け反ってこっちを見た。


その仕草が、表情が、うっかり妙に色っぽかったのだ。
髪の毛がさらりと背もたれに流れる。
闇色のくるりとした瞳がこちらを見つめる。

「ああもう!じゃあ明日仕事帰りに本屋行って買ってきますよ!
だからそんな目で見ないでください!」

いつになく見つめられたnameは、紅潮する顔を後ろを向いて隠しながら言い切った。
選書眼を認められることはとてもうれしい。でもそれは仕事でも同じことのはず。
なのに、なぜこんなに、舞い上がるほどうれしく、同時に身が固くなるのだろう。


「耳、赤いよ。」

と、nameの耳元でイルミが囁く。
だからいつの間に瞬間移動したのかと。
気配を消して動くのやめてほしい……暗殺者すごい……って!
ちょっと、びっくりするから、いきなり後ろから肩に手をかけないでほしい。


「すごい、もっと赤くなった。」


きっと今のわたしは茹で蛸すぎて、可愛さなんてとうに通り越しているに違いない。
それなのにイルミは、またいつの間にか、今度は前に回り込んで、
nameが顔を覆っている手に触れ、優しく包み込んでそっと外す。

野生の猫はこんなことしない。

猫はこんなことしない。

nameは目をぎゅっと閉じたまま心のうちで、呪文のように、
胸の中に浮かんだ言葉を繰り返す。

猫はこんなことしない。

イルミの淡いくちびるが近づいて来る気配がする

猫はこんなことしない。

わざと気配を出しているんだ、そう気づいたとき、nameはイルミの胸板を押し返して口づけを拒んでいた。


「や、やめましょう!猫はこんなことしません!」


「……猫?」


猫目の彼は、出会ったときのようにコテンと首を傾げた。




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