素敵企画:郭の蝶蝶様提出作品


行き場を無くした。
金の代わりにされた。
みたいなたくさんの理由を持って女が集まる街、吉原。その吉原が今真っ赤に染まり上がっていた。


数えきれない遊女や客達が我先にと逃げ出す中、吉原を代表する男娼臨也だけがその場から動けないでいた。正確には臨也に動く気などさらさらなかった。


臨也は数年前からずっとある男が吉原に戻ってくるのを待ち続けている。何故なら男と幾度となくそう約束したから。そして男はその約束を今だ破ったことがないから。今回も戻ってくる。いつもみたいに。
男との口約束だけを信じ、戻ってくる証拠や彼の安否など全て忘れ、ただ臨也は待っている。だから吉原から動くわけにはいかなかった。


いつだって、めらめら燃える火に囲まれてさえ、目を閉じれば思い出す。揺すられる体と切れ切れな甲高い声、申し訳程度に点けられたあってもなくてもいいような薄暗い光に反射する金色の髪と俯いている綺麗な横顔。決して触れることは出来なかったはずの男。平和島静雄。




静雄は常連客の用心棒だった。いつも俺が抱かれている間はその部屋の隅っこに置物のように座りこんでいて、俺は最初そんな静雄をただ哀れに思っていた。


その客は毎度俺の意識が飛ぶまで乱暴に抱くくせに気絶した俺を風呂に入れてくれる風変わりな客で、少なからずお気に入りだった。


そんな俺が初めて意識を飛ばし損ねた日のことだ。うっすらと視界はあるが、金縛りにあったみたい体は動かない、声も出ない。唯一動く瞼が閉じよう閉じようとするのに必死で抵抗して、何か行動を起こそうと踏ん張っていたらいきなり強い力で抱き寄せられた。


「おい!大丈夫か?」


ぐいっとはっきりした意識が帰ってくるのと同時に来た慣れない感覚。慌てて飛び起きた先には初めてちゃんと見る彼の顔と、馴染みのある空間があった。


「……ここ…風呂?」
「あぁ、お前凄い痙攣してたぞ」
「……は?なん…で?」「知るか、それよか少し我慢しろ」
「何を……あっ!ん!」
「もう少しだから」
「はん!…ん…なに…やぁ!」


このおかげでわかったことはいつも俺を風呂に入れていたのは静雄だったというなんとも不思議な事実だった。俺に眠る支度まで施してしくれて、初めて少しだけ話をした。


「趣味の悪い雇い主を持ったために気持ち悪い物を見るはめになって残念だね。」
「いつも見張ってるふりして寝てるから平気だ。」


あまりにもあっけらかんと帰ってきて逆に心が軽くなった。それから俺達は少しずつ話をするようになった。


いつも静雄は帰り際に頭に手を置いて笑う。「また来るよ」と。それを吐く人間はたくさんいたけれど、初めて心から頷けた。それが俺と静雄の約束だった。静雄と話した後は不思議と息をつくことが出来て、初めてそれに気付いた時、俺は今まで息苦しく生きていたことを知った。疲れきった心身を、いつも揉みほぐすように癒してくれた。気がつけば気を失うのを無理矢理阻止してでも話したいと思う程には惹かれていたのだ。叶わぬ恋だとはわかっていた。


また、ある日のことだ。事情中に客の命を狙ってきた奴がいた。部屋を区切る襖が倒れると同時に飛び散る赤、伸びる銀、それに伝う赤。やけに鮮やかなそれらから目を反らすことが出来ないでいた。敵は男1人。刺されのは俺の客で敵を刺しているのは静雄。静雄が抱いていたのは、俺だった。


敵を薙ぎ倒すと俺を離し羽織りを被せてくれた。必要以上に落ち着いた動作で客に応急処置を施し、部屋の片隅で震える俺のもとに戻ってくると、また頭に手を置いて「もう大丈夫だ。今日は帰るけど、また来るよ。」と笑った。初めて見たたった数秒の命の奪い合いは俺を混乱させるには十分で、「寝てたんじゃないの?」とか「客はどうなるの?」とか「なんで客より俺を庇ったの?」とか聞きたいことがたくさんあったにも関わらず、俺は頷くことしか出来なかった。


それから数日後別の客から静雄が用心棒をクビになったと聞かされた。それはもう静雄が前みたいに来ないことを示したいたけれど、俺は彼を待つと決めていた。もっと言えば俺は彼を待つことでしか生きられなかった。


そして彼は現れた。この吉原の街に彼の金色の髪を鮮やかに反射させる火を燈しながら。


後に吉原炎上と呼ばれるこの事件に紛れて俺達は逃げ出した。ここまで焼かれれば吉原は消える。俺は自由を手に入れると信じていた。いつも静かな空間で過ごす俺には衝撃的すぎる銃声が目の前の体を揺らすまでは。



「しず…っ!やだ!やだやだやだ!やめてよ!!どうして!なんで!しずちゃん!やだぁぁぁあ!」


人生で2度目に見た鮮やかな赤はそれはそれは愛しい人のもので、足りない頭では彼を抱き抱えて泣き叫ぶしか選択肢が浮かばなかった。すると震える手が伸びてきて、ひやりとかぬるりとかよくわからない感触と共に頬が触れる。にこりと笑って静雄は言うのだ。


「      」


俺はやっぱりそれに頷いた。


「臨也さん?逃げ出すなんて悪い人ですね。」


聞き覚えのある声に振り向くと俺の人生をこんなのにした人間が笑っている。


「……帝人さま…」
「やっと見つけましたよ。なんせこの大火ですから巻き込まれてなくてよかった。」
「……やだ、くるな、」
「飼い犬はきちんと言うことを聞かないと、いけないでしょう?脱走なんて持ってのほかですよ。さぁ、早く帰ってきなさい。その男のようにはなりたくないでしょう?」
「ふざけるなぁぁ!!!」


「あぁ、躾のし直さないと。」


そこからは覚えていない。延ばした右手が奴に届いたのか、届かなかったのかすら。ただ主人に殴りかかった俺の罰は重たかった。


数年がたってその罰も終わりまた男娼生活に戻るころにはすっかり吉原は復活を遂げていた。吉原はまさしく不死の街だ。と、笑うことしか出来なかった。


それでもずっと俺は待った。今日と言う日まで。


吉原はここ数年で何度も燃えた。その度に蘇り年々力を持ちはじめ、俺は今その中心に居た。


ふと、足元に違和感を感じて俯くと、足に縋り付こうとしている遊女がいる。


「……たすけて、臨也兄さま。お願い、私を連れ出して。」


そんな彼女に、蹴りを入れて笑う。


「吉原から逃げ出そうたって無駄さ。ここに1度入ったが最後、何度燃えようと崩れようと不死の吉原は何度だって蘇るんだ。ある時はご主人様によって、またある時は俺によってね。だってそうじゃないと…!彼の帰ってくるところを作っておかないと!そうだろ?」


そうだ、そうだよ。
彼が帰ってくるところを俺が作らないと。彼は帰ってくるのだから。そして俺は次こそ言うんだ。


甲高い笑いに合わせて右足を遊女の顔目掛けて振り下ろす。何度も何度も何度も何度ま何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度だって蘇る吉原のように終わりなく。


何度でも、何度でも。


毎日、毎日、体は違う人間に心は同じ人間に捧げています。
愛しています。




そこに救いはあるのでしょうか?
(今日も明日も明後日も)
(あなたを待って生きています)







20101017(!)とこは
書きたいことがありすぎて長いわ纏まらないわで本当に駄文です…すいません。それでも遊郭パロはすっごく楽しかったです。素敵企画本当にありがとうございました!