卵 ※櫂くんの家で卵焼き作ったアイチ。 一生殻の中でいい。 抜け出せないんじゃなくて、抜け出さないだけ。 愛なんていらない、そんな下らないことを思う暇があったら、自分の事をまず出来るようにしなくちゃいけない。 そう、思っていた。 「……」 目の前に広げられた少し焦げた卵焼き、それは先導アイチが作ったものだった。 少し?少しなものか、ぷすぷすと効果音を発する物体は、それは美しく黒かった。 ぼろりと崩れているコゲを箸でつつく、アイチは横で半泣きになりながら、本当にごめんなさいと言った。 薄目で見ればなんとなく黄色い気がする、そう言うとアイチが泣き出した。 ごめん、ごめんなさい。 ぽろぽろと透明な涙を流す。 透き通るその水をこの黒く異臭のする物体にかけたら浄化するんじゃないかとバカなことを考えた。 えずくアイチは、震えながらもゆっくりとフライパンを指差した。 「あれも、汚してしまった」 真っ青な顔でそう言う。 せっかくのフライパンが……一言で言うならそう、台無しだった。 黒い煙が舞い上がった調理の瞬間を目撃すれば、こうなっているだろうという予想はついていた。 だから然程怒りはわかない。呆れはしたけど。 「アイチ」 「ごめんなさい、洗って、無理そうだったら買いなおすよ」 まるで、よほど大切なものを壊してしまったかのような声色、悲痛そのものだ。 櫂トシキから見るにそれは心からの懺悔だった。 面白くなって、彼に問う。 「フライパンも部屋も、皿も卵も全て台無しじゃないか、アイチわかってるか?」 「わかってるよ、本当にごめんなさい、僕の出来る限り、なんでもやらせて」 肩を震わせながら、先ほどより更に顔を青くしてアイチはこの言葉を繰り返した。 「なんでもするよ……だから、」 「だから?」 「お、怒らないで」 アイチは鼻水まで出した。 ズズッとすすっても、どうやら垂れてくるようだ。 あふれでるそれに、なんだか櫂は哀れな気分になってきた。 「すまないそう言わせたいんじゃない」 「でも櫂くん、さっき怒ってた」 アイチが青くなるものだから、面白くなって追い詰めてみたなど言えるはずもない。 そう言ったら、軽蔑されるだろうか…寧ろアイツのことだから、櫂くん無理して僕に気を使ってるんだ!という自体になりかねないから、それは些かめんどくさい。 「さっさとフライパンを洗え、洗ったら確認してやる」 「うん……」 「終わったら、卵焼きの作り方を教えてやる」 「……え?」 「なんでもやるといったろう?さて俺は壁を綺麗にする、手を休めてないで早くフライパンを洗え」 「卵焼き……」 「覚えて、上手に焼いてくれ」 アイチは慌てた。その姿はまるで小動物のようだ。 「自分で出来るようになれ、出来たら味見してやる」 この台詞にアイチは振り返った。その瞬間、彼の目は驚きを表した。 くるりと櫂はアイチに背を向け、掃除に勤しんだ。 出来たその先はどうなる? 卵焼きになる前から殻は破られているらしい。当たり前のように、そうなっていた。気づいたら辺りが色づいていたんだ。 調理をしよう、たっぷり愛を込めて。 失敗しても、またやり直せばいい。 それが出来るんだから。 愛はいらないと思っていた。 「そうでもないみたいだ」 「へ?何櫂くん、今何て言ったの?」 こちらを向くアイチ。 これから作られるであろう彼の卵焼きは、櫂の付き添いのもととても美味しいものになるに違いない。 そんな予感がして、笑ったらアイチが櫂くんがおかしくなった僕のせいかもと嘆き始めた。 ああ、これだから出来ないやつはめんどくさい。 |