何処で間違ってしまったかなんて、考えたってもう戻れやしないんだ。
配役がすり替わっていても、もう幕は開いている。
過ちを重ねたところで、帰らぬ日々にたどり着けないのなら。



最初の間違いは何処だったのだろう。
聖域に連れられていくサーシャを黙って見送ったことかもしれないし、そもそも僕が生まれてきたことすら間違いだったのかもしれない。

あるいは、テンマに出会わなければ。

僕が僕としていられるのは単にテンマへの執着ゆえだと悪魔は笑う。
そうかもしれない、けれど。
僕が冥王ハーデスの依代として目覚めることになった原因は、真実赤い色を探し山を登ったことだった。無論あれは眠り神やパンドラの策略だったのだろうけれど。それでも、テンマとの、約束の絵。この世で最も好きな色、親友の瞳の色。その陽に透かしたような生命の色を僕はどうしても作りたくて、けれどその色はどんな顔料を手にしても作り出せなくて。
あの命の色を求めて、僕はあの日あの場所へたどり着いてしまった。

そして結局、僕はあの色を手にすることはできなかった。

お前が街をこんなにしたのかと、何故お前がハーデスなのだと、叩きつけるように問いを僕にぶつけたテンマの声が熱いほど痛かった。
街の人々の命を奪い、故郷を破壊しつくした冥王を許さないと、冥闘士に拳を振るったテンマの輝きが、締め付けられるほど眩しかった。
約束の通り、聖衣を纏い聖闘士として帰ってきたテンマの瞳の赤はやっぱりこの世界で一番綺麗な色で、もう交わらない運命を拒んで胸が焼けるように苦しかった。

それでも、あの時は確かに、これが正解だと思ったんだ。

『どうして』

僕が自分の意思で殺した、最初の人だった。ほかの誰でもない僕の手で眠らせたかった。

『どうして、お前が』

どうして、あんなに優しかったお前が。
どうして、お前が冥王なんだ。
どうして、孤児院の皆を殺したんだ。

消えゆくテンマの小宇宙が、何度も何故と叫んでいた。
あの頃は全く解らなかった、体の中にある宇宙。
あんなに共有できたらと願った感覚なのに、小宇宙が解るようになった今となっては、それがとても悲しい。

「テンマ、」

君の拳が、この胸を貫いてくれたら。
そうしたらきっと、もう僕は間違わなくて済む。

「そう思いたかったんだ」

真実の赤、そう思った血の紅も、結局は僕が求めていた色じゃなかった。
酸素に触れた赤はやがて黒ずみ、生命の色を失う。
また間違ったんだ、テンマの命を奪った絵に指を滑らせながら思う。

あの日来たのが君じゃなかったなら。
ほんとうは、ロストキャンバスを完成させて、アテナも聖闘士も冥闘士もみんな、死に救われたのなら、その時こそ君の手で眠らせて欲しかった。
再会は、早すぎて、遅すぎて。

僕は間違ってしまった。
聖戦を止めることができなかった。ハーデスは地上の命が全て絶えない限り止められない。
だから、だからせめて僕の手で安らかな終わりを描きたくて。
そしてせめて、君の手で終わらせて欲しくて。

間違いを少しずつ積み重ねてゆけば、いつか正解に辿り着けるだろうか。

そう願ってしまったんだ。

きっと僕は許されない。
双子神が言うように、僕は罪深い人間だ。地上で最も清らかな魂だなんて笑わせる。
終わりの朝には裁きが下る。そんなこと僕が一番よく解っているんだ。

だって、だって僕はまだ願ってる。
君とサーシャ、孤児院のみんなで過ごした日々を取り戻せたら。
犯した罪を全部なかったことにできたら。
救済だとか聖戦だとかそんなことは全部夢で、ただ君の笑う姿をキャンバスにおさめられたら。

そうしてまた、君が、やっぱりアローンの絵はうまいなって、褒めてくれたら。

それだけで。
それだけで、よかったのに。


どうして、幼い日のまま笑っていられなかったんだろう。
失くした色は、何だったんだろう。
僕が『アローン』であることに縋り付いてまで欲しかったものは何だったんだろう。

どんなに考えても、答えをくれる人はもう、いない。





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title by 「不在証明」
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