「悲しいのか、カノン」

昼下がりの双児宮。ぼんやりと外を眺めていれば、唐突に後ろから声がかかった。
その声が誰のものかなんて、振り向かずとも判る。自分の存在を知っている人間は限られているのだから。そして何よりも、その人間は、自らの片割れなのだから。

「俺が、何を悲しんでいるように見えるというのだ、サガよ」

カノンが、その金色を振り返ることはない。

「解らない。だが、お前が悲しんでいるように見えた」
「何を馬鹿なことを」

鼻で笑うと、背後のサガが揺らぐ気配がした。

「サガ」
「何だ」
「悲しいのは、お前だろう」

その一生を双子座のスペアとして影で生きる自分を、哀しんでいるのは、哀れんでいるのは、自分ではない、サガだ。
その哀れみにカノンが怒りを覚えることはない。それはサガの哀しみであったから。

「……アイオロスとアイオリア」

しかしサガはカノンの言葉には答えず、先程カノンの視線の先を通って行った、聖域で最も仲睦まじい兄弟の名を呟く。

「私は、アイオロスのようにはなれない、だが」
「…………」
「お前と私が双子でなければ、誰に憚ることなく生きられたのではないかと……彼らのように、」

懺悔のように告げられたサガの言葉の中にあった、カノンにとっては許しがたい仮定。
怒りを瞳に滲ませて、カノンは漸くサガを振り向く。

「だからお前は偽善者だというのだ、『兄さん』」

甘ったるい、吐き気のするような、やさしさ。
それはカノンが最も忌み嫌うもの。しかしカノンは、優しい兄を、その偽善故に嫌うことも憎むこともできなかった。だからこそ、許しがたい。
その身に纏う、黄金に輝く聖衣を彼が賜ってから何年が経ったと思っている。彼はもうその手をとっくに血で汚している。それはカノンとて同じこと。
それなのにサガの聖人じみた言動は一向に変わらない。己の半身だけに、カノンにとってはそれがあまりに不可解で、憤りすら覚えた。それでも彼らは、彼らでしかないのだ。
双子として生を受けた、サガとカノンでしかないというのに。

「その偽善は、いつかお前を滅ぼすぞ」
「……解っている。だが、いつか誰かを救うこともあるのだと信じたいのだ」

甘ったれた兄。幼い頃から変わらない。
いつまでも二人は一緒にいられると、一緒でいられると、カノンですらそう思っていた頃から、些とも変わらない。サガは未だに信じているのだ。

「……その偽善を捨てぬ限り、お前はいつまでたっても誰も救えやしないだろうさ」

そう吐き捨ててカノンは腰を上げた。
兄のそれと長さも色も、寸分たりとも違わない、長い金髪がさらりと揺れる。

「覚えておけ、兄さん」

誰よりも、優しいサガ。

「その優しさは何も救わない。いつか周囲を巻き込んで、お前自身に刃を突き立てることになる」

この兄はいつかきっと、その優しさ故に、死ぬよりもっと残酷で恐ろしい末路を迎えることになる。何故だかカノンには、そう確信できた。





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