「なあカミュ」
「何だ」

呼びかければ、即座に返ってきた素っ気ない声。
紅を揺らして、水瓶座は振り返る。

「お前、赤は好きか」
「随分唐突な問いだな、何かあったのかミロよ」
「いいや、お前の髪と目を見ていたらなんとなく思い浮かんだだけだ」
「そうか……」

どことなく浮かない顔をして思案するカミュは、水と氷の魔術師などと呼ばれる凍気の扱いに長けた聖闘士で、クールとやらを信条にしているが実際のところは情に強い(こわい)人間であるというのが、黄金聖闘士の間では公然の秘密だ。
今とて怪訝そうな顔をして振り返ったかと思えば眉間に皺を寄せて単純な質問の答えに頭を悩ませている、この表情豊かなこいつのどこがクールなのだろうとミロは常々思っているのだが、それを口にすれば待っているのは氷の柩だ、まったくもってクールとは程遠い。
しかしミロはカミュのその激情家としての一面と、それを表すかのような燃え上がる紅の色彩を思いのほか好んでいた。この極寒の地シベリアでは、より一層その赤が引き立つ。

「イエスかノーの二択に何をそこまで悩む必要があるのだ、カミュよ」
「……赤という色自体は、別段嫌っているわけでもないのだが」

揶揄するように答えを急かせば、カミュは複雑そうな面持ちで口を開く。

「私の髪や目の色の赤は、どうにも返り血の色と重なってな。私はこの自身の色を好いたことはない」
「俺は、お前の色を美しいと思うがな」
「それは喜ばしいが、私からすればお前の色をこそ美しいと思うのだ」

輝く陽の色の金に、鮮やかに輝くスカイブルー。
どこまでも眩しいその色は、ミロの明るく前向きな性格を体現しているかのようで。
喜ばしいとはいうものの、カミュがその赤を疎んじているのは明白だった。

「私はどうしても、この赤を目にすれば今まで手にかけた者を、自身の罪の重さを考えてしまう。そのような自身の後ろ向きな性格も許し難く思うのだ」
「相変わらず生真面目なことだな。もう少し肩の力を抜いてみてはどうなんだ。しかし、ならばお前の好きな色とは何だ」
「青だな」

先程までの難しい表情から一変、いっそ穏やかとも言える淡い微笑みを浮かべてカミュは即答する。それは、ミロが思わず目を瞠るほどの鮮やかな変化。細められた赤の暖かさが、網膜に焼き付いた。

「永久氷壁のような薄青もいい。この空のような澄み切った碧もまた美しい。冴え渡る海の蒼も、私が焦がれる色なのだ」

クールを信条とするカミュが焦がれる色は、氷のような、空のような、海のような、青。
真っ直ぐにミロの瞳を見つめて言うカミュの目に映る自身の瞳の色もまた、青であることに考えが至ったミロは、いたたまれない気恥かしさを感じて「ならば俺の青も、お前の求める色なのか」と茶化すように口に出せば、生真面目な友人は当然といった風に頷くのだ。

「先にも言っただろう。お前の色こそ美しいと」

至極真面目な顔をしてカミュがそう言うものだから、ミロは率直な褒め言葉に若干の居心地の悪さを感じはしたものの、例えカミュが自身の赤を好いておらずとも、自分がカミュの赤を好ましく思うように、カミュもまた自分の青を好ましく思っているのだと、くすぐったいような暖かい感情に浮かれたのだった。それは例えば、二人だけで内緒話をする時のような胸の躍動感や、密かに菓子を狙って厨房にカミュと共に忍び込んだ幼い日の胸の高鳴りにも似た、秘密の思い出を共有する優越感のような。
けれどその優越感は、ただの錯覚に過ぎなかったのだとすぐに知る。


「カミュ!」


駆けてきたのは、彼の愛弟子。息を切らせてこの極寒の地を駆ける氷河とアイザックはカミュ同様、常人であれば気が触れたとしか思えないほどの薄着だ。彼らほど寒さに耐性の無いミロは、見ているだけでこちらが凍りつきそうな三人の格好を視界に収め、思い出したかのように背筋をぶるりと震わせた。

「どうしたのだお前たち、まだ休憩の時間は終わっていないはずだが」

カミュが怪訝そうに、というよりは戸惑ったように氷河とアイザックに問いかける。
問いかけられた弟子達はと言えば、そんなカミュの様子などお構いなしに、何が嬉しいのか満面の笑みを浮かべながら、ずいっと手に持ったそれを師へと突き出した。

「これは……」

差し出されたのは、赤い花。
カミュの髪と目のような、そして血のような、真っ赤な色をした、小さく可憐な花。

「咲いてたんです!」
「氷が薄い地面があって」
「こんな土地でも花が咲くんですね!」
「カミュの色だと思ったんです!」
「綺麗だったので、カミュに見せたくて!」

代わる代わるまくし立てるその様はたいへん微笑ましいものであるが、ミロは苦笑を禁じ得ない。先程までまさにその赤の色をカミュは好いていないと言ったばかりなのだ。カミュはその表情をこわばらせ、花を受け取ることを躊躇いその手を彷徨わせ、幼い二人の笑顔は意外な師の反応に陰ってしまう、はずだった。

「私のために摘んできてくれたのか。お前達は優しいな。ありがとう氷河、アイザック」

先程した話など忘れたかのように破顔し、かがんで花を受け取るカミュ。
優しくも厳しい師の珍しい笑顔に、照れくさそうに、けれど嬉しそうに顔を見合わせる氷河とアイザック。
ミロは、予想外の展開に表情を凍てつかせた。

「良い、色だな」

その赤が、返り血のようで嫌なのだと、そう言ったはずなのに。

「俺達、カミュの髪の色も目の色も好きです」
「炎みたいに綺麗だって思うんです」
「それから、俺たちに流れる血潮みたいな色だって」
「生命の色です」

その喩えは、今度こそカミュの地雷を踏み抜いたはずなのに。
カミュの表情はいたって穏やかなまま、花を抱えていない方の手で弟子達の頭を順繰りに撫ぜる。
血の色の赤は、彼が最も重荷に思う色ではなかったのか。

「そう言ってくれると、私も嬉しい」

理解できなかった。
先程した話は決して冗談や嘘ではなかったはずなのに。
自分がその赤を褒めても表情は曇ったままだったのに。

目の前にはミロの知らないカミュがいた。

「お、まえ、」

かすれる声で呼びかける、その声で振り向いたカミュは、心底幸せそうに微笑んで、唇の動きだけでこう言ったのだ。

『ミロ、私はこの赤が好きになれそうだ』

自分の言葉では動かなかった感情が、いともたやすく覆された。
その理解に至った瞬間、今度こそミロの思考は凍りついた。


純愛なんて嘘だ


氷壁も空も海も、自身の青も霞んで見えた。


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