朝起きて、石段を駆け上って。

いつものように、呼び鈴を鳴らしても無反応なハルに呆れながら、勝手口からお邪魔する。
いつものように、朝っぱらから水風呂に浸かっているだろうハルを急かしに、風呂場へ。
いつものように、予想通り脱ぎ捨てられた服を見て浅いため息。水面に顔を出したハルに手を差し伸べる。
いつものように、マイペースに水着エプロンで鯖を焼き始めるハルに突っ込みを入れて。
いつものように、気付いたらもう遅刻寸前。微塵も焦る様子のないハルを引っ張りつつ、元気に登校。

クラスメイトは「今日も橘と七瀬は相変わらずだなー」なんて言って笑う。
ハルはその揶揄に不機嫌そうに顔を背ける。
俺は曖昧に少しだけ苦さを含めた笑みを浮かべる。


チャイムが鳴って、授業が始まって。

いつものように、死んだ魚のような目をしているハル。
いつものように、たいしておもしろくもなさそうに頬杖をついているハルに苦笑する。
いつものように、気がつけば机に突っ伏して居眠りを始めているハルがいた。
いつものように、先生にハルを起こすように言われて。
いつものように、いくら肩を揺すぶっても起きないハルに幾度目かの苦笑。

先生は「今日も橘は七瀬の保護者だな」なんて言って笑う。
ハルはその揶揄に気付かず眠りこけている。
俺は曖昧に少しだけ苦さを含めた笑みを浮かべる。


チャイムが鳴って、授業が終わって。

いつものように、生き生きとプールに飛び込むハル。
いつものように、泳ぎたいように泳ぐハル。
いつものように、マイペースなハルをどうにかなだめすかして説得して。
いつものように、水の中のハルはとても綺麗で。
いつものように、みんなハルに苦笑を浮かべはしても、その泳ぎに魅了される。

渚は「今日もマコちゃんはハルちゃんのお母さんだね!」なんて言って笑う。
ハルはその揶揄に不本意そうにそっぽを向く。
俺は曖昧に少しだけ苦さを含めた笑みを浮かべる。


部活も終わって、帰り道をのんびり歩いて。

いつものように、どこか上の空で歩くハル。
いつものように、ハルが轢かれないように時々歩道側に引っ張って。
いつものように、ハルとアイスを半分こ。
いつものように、海に惹かれて目を輝かせるハル。
いつものように、そんなハルに俺は安堵して笑うのだ。

俺は「ハルはホントに俺がいないとダメなんだから」なんて言って笑う。
ハルはその揶揄に不服そうに片方の眉を吊り上げる。
俺は曖昧に少しだけ苦さを含めた笑みを浮かべる。


ああ、笑えない。

ほんとうに、わらえない。

知ってるんだ。解ってるんだよ。
ハルに俺がいないとダメなんじゃなくて、俺にハルがいないとダメなんだって。
ハルがいないとダメなんだ。ハルがいないと俺は。

まともに歩くことすらできない。
この世界は俺が呼吸をするにはあまりにも、

「真琴、」

ハルに頼りにされていると思わなきゃ立ってられない。
ハルには俺がいないとダメなんだと言い聞かせないと、怖くて怖くて、どこにも行けない。

ハルには俺が必要なんだって、その証が欲しくてがむしゃらに水面を叩き続けている。

「どうしたの、ハル?」
「……いつも、ありがとな」

ほんとうに優しいのは、俺なんかじゃなくて。

「何言ってるんだよ、突然」

この昏い昏い海に、沈めてしまいたいんだ。
どうしようもない俺も、優しいハルも。

そしたらきっと、俺たちは心の底から笑い合えるような、そんな気がするんだよ。


僕は屍になりたいんだ


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