「ねえ勘ちゃん」

ほんの一言、たった一言。その名前を呼ぶだけで、緊張で喉がカラカラになって声がかすれる。俺はひとり恥ずかしくなって、俯いてしまいたいのを堪えて、目の前の背中が振り向いてくれるのを待つ。

「なあに? 兵助」

ほんの一言、たった一言。それだけで、俺の顔はいけどんマラソン後の体育委員みたいに熱くなって、あったかい、しあわせな気持ちで胸がいっぱいになってしまう。

ああ、恋って厄介だ。



「俺さ、」
「うん」

勘ちゃんは誰かと話すとき、その大きなくりっとした目で話の相手をじっと見ている。俺はなにもやましいことなんてないはずなのに、勘ちゃんに限ってはその目と視線を合わすのがどうにも苦手で仕方がなくて、結果勘ちゃんと話すときだけは挙動不審な人みたいに視線がうろうろと定まらず、手も落ち着き無く髪や頬をいじってみたり、意味もなく服のシワを伸ばしてみては、ぐしゃっと握ってしまったりする。みたいというか、これじゃまるっきり挙動不審だ。

「火薬委員会の、委員長代理に、なったんだ」
「へえ! すごいじゃん兵助! 信頼されてるんだな!!」

まるで自分のことのように目を輝かせてすごいと言ってくれるのが、嬉しくて、でも少しだけ照れくさくて。

「いや、火薬委員会は六年生がいないだろ。正直俺なんかに務まるか、ちょっと不安だよ」

土井先生の前では『わかりました。至らない所もあるかもしれませんが、委員長代理の任、しっかりと果たします』なんて背筋をまっすぐにして言ってみせたのに、勘ちゃんの前ではつい、ぽろりと弱音が口から零れて。

「えー、兵助なら絶対大丈夫だって。俺が保障するよ」
「そ、そうかな?」
「そーそー。なんったってしっかりしてるし真面目で冷静だし、仕事はできるしちゃんとやるし、うちのちゃらんぽらん三郎とは大違い」
「ははっ、なんだそれ」

ほかの誰でもない、勘ちゃんの一つ一つの言葉が、俺の心臓を跳ねさせる。堅物で、融通が利かなくて、要領の悪い俺だけど、それすら勘ちゃんの言葉があれば誇らしく思えるのだから、やっぱり恋って不思議で厄介だ。

昔から、そうだった。
いつも、俺の欲しい言葉を無意識にくれていた。

「兵助なら大丈夫だよ」
「そんなに思い詰めなくても、誰も兵助のこと嫌ったりしないよ」
「兵助はほんとにがんばりやさんだなあ」
「もっと自信持っていいんだよ」

そんな、勘ちゃんにしてみたら特別な意味なんて持たないだろう言葉にいちいち舞い上がって、ひとつひとつを宝物みたいに大切に大切に胸の奥にしまいこんで、ああ、気持ち悪いな、俺。って何回も何回も思うけど。

「じゃあ、今日は皆で兵助のお祝いだな! おばちゃんに頼んで団子もらってこようかな」
「それ、勘ちゃんが団子食べたいだけじゃないか。俺は豆腐がいいのだ」
「うーん、じゃあ間をとって杏仁豆腐で!」
「どこの間をとったんだ。せめておからドーナツとか」
「ちょっと兵助それ時代が違うからね!? 俺達『ウソやで〜』なんて使えないからね!?」

勘ちゃんの笑顔を見るともう、些細な自虐なんてどこかに飛んでいってしまって、勘ちゃへの「好き」でこの胸はいっぱいいっぱいの大洪水だ。

ああ、恋は下心なんて言うけれど、俺は下心なんて、抱く余裕、これっぽっちもない。

「なあ勘ちゃん」
「何? 今度は豆腐チーズケーキとか言い出さないよね!?」
「そっちこそ、時代錯誤なのだ」
「じゃあ何なのだ!?」
「……ありがとう」
「え?」
「ありがとう、勘ちゃん」

好きだとは言えないけど。いつも伝えそびれていた、感情の大洪水の一部。
変な兵助ー! と笑う勘ちゃんに、恋と呼ぶにはずれてしまった感情をしまい込む。


僕はそれを愛と呼ぶ


この心を全てぶちまけてしまえばきっと君を傷付けるだろう。
真心なんて呼ぶには過ぎていても、愛という他この感情の行き場を知らない。
けれど君は笑ってくれて、まだまともでいられるから、だからこの心を愛と呼ぶ。

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