ツバキとユキ。


「怖い。人間怖い。ほんと怖い。もうやだ怖い」

昼休み。文化祭のクラス展示に向けて盛り上がる一年七組の教室から逃げ出した幸を、同じ部活のよしみで回収がてら説教しに行くと、幸は階段の陰で蹲っていた。

「怖い。いやだ怖い。怖い。怖い。怖いんだよほんとにもう怖いんだってば」

無表情で怖いと繰り返すその手に握られたヘッドホン。いましがた、相田にへし折られかけた、

「怖いだけなんだよ、」

排他的で、協調性がなくて、行事にも参加しないしよくわかんないやつだしムカつく。
ほら、今だってクラス展示の話し合いしてんのにヘッドホンして寝てんじゃん。一匹狼気取りとか、笑える。
これへし折ってやったらいいんじゃね? どんな顔するか見物だろ。

そう笑って幸のヘッドホンに手を伸ばした相田の手を止めるより早く、その手を叩き落とした幸。
急速に冷え込む空気の中、ヘッドホンを手に幸は刺すような視線を一度だけ俺たちに向けて教室から出ていった。
そして、今に至る。

「怖い。何なんだよほんとに。ほっとけよ怖いんだよ」

凍りついた表情で怖い怖いと繰り返す幸の頭でも撫でて落ち着かせようと、手を伸ばす、が、ばしんと大きな音を立てて俺の手は弾かれた。

「触んな、椿原。お前のことだって怖いんだよ」

叩かれた手がじんじんと痛む。
へらへらと笑っているように見えて、何でもないような顔して独りでいるこいつは、ひどく臆病で。怖がりだから何もかもが受け入れられない。

「僕は人間がみんな怖いんだよ」
「お前だって人間だろ、幸」
「知ってるよ。だから人間を怖がるんだろ」

お前だって僕のこと、怖がってるくせに。

幸はそう言うと無表情のまま立ち上がった。行き先はきっと保健室だろう。まどか先生は優しいから。

「僕は椿原が怖いよ、」

言い捨てて幸は去っていく。
その背中に俺は幸のこと怖くなんてないと、どうしてか言えなくて。

強いけど脆いあいつに、臆病なあいつに、手を伸ばすことが許されるような存在があればいいと。



(願いは、したけどよ)

これはあんまりだ神様。
一年の時の殊勝な自分を褒めたい。でもちょっと考え直せと言いたい。

あいつに手を伸ばすどころが、腕ごと引っ張ってぶん回して俺にぶつけてくるようなそれはそれは素敵なオトモダチが幸村にはできた。
まったくもって素晴らしいことだ。ああそうだとも。

「ツっバっキっ、ちゃーーーん!!」
「うるせえぞ幸村今度は何企ん……むぐおっ!?」

満面の笑顔でやって来た幸村に何かを口にぶちこまれる。瞬間口内に走る激痛。

「……〜〜〜っ!!??」

辛い。死ぬほど辛い。いっそ世知辛い。
脳天突き抜けて目の前がチカチカするほど辛い。死ぬ。

「スペシャルサンクスクチバ、激辛饅頭V2であります! まあ味わって食べたまえよ、じゃあね! アディオス!!」

やっぱり考え直せ、一年の俺。
俺は口を押さえてその場に蹲った。

(あいつはまだ、人間が、俺が、怖いんだろうか)



何故か無駄に長くなった。
130418




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