「うわあっ!?」という悲鳴、ドサっと何かが落ちる音、辺りに散らばるトイペ。
地面にぽっかり空いた穴の中を覗き込まずとも判る、もはや日常茶飯事と化したそれに、通りすがりの食満留三郎は深くため息を吐いた。

「おい、大丈夫か?」
「あ、留さん……」

誰が落ちたのか判りきっている様子で留三郎が穴の中に声をかけると、中にいた悲鳴の主はやはりというか不運委員長こと善法寺伊作。またやっちゃった、と苦笑を浮かべる伊作はあちこちに土汚れや擦り傷が目立つもの、特に大きな怪我はしていないようで、留三郎はほっと安堵の息を漏らした。

「登れそうか? ほら、俺の手に掴まれ」
「ごめんね、ありがとう」

留三郎の差し出した手に掴まって落とし穴(おそらくというか言わずもがな綾部喜八郎作のものだろう)をよじ登る伊作。落とし穴から無事脱出した伊作が一息つく間に、留三郎は手際よくトイペを回収し終えた。
それを見てありがとう、留さんと申し訳なさそうに笑う伊作に、留三郎はつり目の眦を下げて気にすんな、と快活に笑う。

「で、これはどこに持っていけばいいんだ?」
「え?」
「えってお前、伊作ひとりで行かせたらまたどっかに落っこちそうだしな、手伝うぜ」
「えええええ、いいよ留さん! 君だって仕事あるんだろう? これは僕がやるべき仕事だし、申し訳ないよ!」

予想外の申し出に慌てて首を横に振る伊作に、留三郎は呆れ半分に言葉を重ねる。

「間の良いことに今は暇なんだなこれが。だいたいその汚れ具合じゃここに来るまでにも何回か落ちたんだろ? 俺の目の届かないところでまた落ちられても寝覚めわりぃし、送ってってやるよ」
「うっ……」

留三郎の言うことはもっともで、返す言葉もない伊作。ここに来るまでの経緯まで見透かされていて軽く落ち込む。
不運委員会とも呼ばれる保健委員会を六年間勤め上げ、果てにはその頂点に君臨する不運委員長善法寺伊作の名は伊達ではない。歩けば転び進めば穴に落ち走れば生物委員会から脱走した生き物に追い掛け回される。この後もいつもどおりの不運に見舞われるのは予想がつくというものだ。
そうなればいつ委員会の仕事が終わるかわかってものではない。友人を巻き込むことへの申し訳なさと仕事の効率を秤にかけ、伊作は不承不承といった態で首を縦に振った。

「……よろしくお願いします」
「おう!」

留三郎は満足げに笑うと、まずはどこに行けばいいんだ?と伊作に問いかけた。

「ええとまずは一年は組の……」
「っと危ねぇ!!」

歩き出した瞬間に凄まじい勢いで飛来してきた物体に、留三郎は伊作の襟元を引っ掴んで飛来物の軌道上から逸らす。危うく地面とマウストゥーマウスするところだった伊作だが、そこは腐っても不運でも六年生であるので持ち前の身体能力でなんとか地面との激突だけは避けられた。

「わりぃ、大丈夫か伊作!?」
「うん、なんとか……何今の……」
「いさっくんすまん!!」

留三郎に手を引かれて地面から起き上がる伊作に、第三者の声が届く。
二人が揃って声のした方に目をやると、そこには例の暴君が。ついで地面にめり込んだ飛来物に目をやると、それは紛れもなくただのバレーボールで。

「小平太、またお前か!」
「またとは何だ! というかいたのか留三郎!」
「んだと!? こっちはお前の馬鹿力で飛ばされたバレーボールに当たりそうになったんだぞ!」
「そうか!」
「『そうか!』じゃねえよ! お前のスパイクにどんだけ殺傷能力あんのか自覚してんのか!?」
「細かいことは気にするな! そもそも私はただ、いつものようにいさっくんにボールがぶつかっているのではないかと思って見に来ただけだ!」
「伊作にぶつかることがわかってんなら自重しろ!!」
「と、留さん、僕は大丈夫だから。トイペ置きに行こう?」

放っておけば永遠に終わりそうにない言い争いに、伊作がくいくいと留三郎の袖を引く。
留三郎はなおも何か言いたげに二、三度口をぱくぱくと開閉させていたが、伊作の縋るような視線に押し負け悔しそうにそっぽを向いた。

「……今日は伊作に免じてこのぐらいにしといてやる。以後気をつけろよ」
「おう! じゃあまたな!」

にかっと笑顔を浮かべ小平太はバレーボールを拾い去っていく。
数秒後少し離れた場所から小平太の「バレー再開するぞ!」という声と体育委員会一同の思いため息が聞こえた気がするが、伊作と留三郎は敢えて聞かなかったことにした。


「……じゃ、行くか」
「そう、だね。まずは一年は組の……おうわっ!?」
「伊作!?」

またしても途中で遮られた台詞と悲鳴と、土が崩れ落ちる音。ついで落下音。
「いたたたた……」と声の聞こえてきた穴のふちに留三郎が慌てて駆け寄れば、また擦り傷と土汚れを増やした伊作の姿が。

「お前ってほんとに……」
「うん、わかってる。わかってるから言わないで」

互いに苦笑しつつ、本日二回目の留三郎による救出劇が行われる。
穴から這い出た伊作の土をぽんぽんと払ってやり、留三郎は保護者になったような気分で口を開く。

「伊作、お前どっか神社とか行ってお払いしてもらったらどうだ?」
「あはは、そうだね……これでも気をつけてはいるんだけどなあ」

頬をうっすら紅く染めて笑う伊作は、でも、と留三郎を見て笑う。

「留さんが助けてくれるって信じてるから、なんだか不運が不運に思えないんだよ」

照れくさそうにそう告げる伊作に、なんだか留三郎の方まで気恥ずかしくなってしまって。

「一年は組の近くのトイレでいいんだな!?」

伊作の手をがしっと掴むと、その手を引っ張って走り出した。
その顔を真っ赤に染めながら。


巷で噂の落下系ヒロイン


(留さんは異国の物語に出てくる王子様みたいだね)
(ならいつでも俺の助けを待ってろよ、お姫様)


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title by 「ロメア」
121106



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