※鉢屋視点


「お前さ、おかしいよ」

どうせここまではっきり言ったって、こいつは平然と「知ってる」なんて抜かすんだろう。
そう思っていたら、案の定知ってるよなんて言葉が返ってきて、私はおかしくって笑い声なんて上げてしまったものだから、隣に佇む狂人にお前こそ頭大丈夫かと訊かれて、いよいよ滑稽に思えて、それはもう盛大に腹を抱えて笑ってしまった。



事の始まりは夕飯の後、風呂にも入り終え、さて忍たまの友でも開くか、それとももう寝てしまうべきか、なんていつものごとく悩み始めた雷蔵をによによと眺める至福の時、まるで空気を読まないこの優等生バカが「三郎、ちょっといいか」なんて遠慮の欠片もなしに私達の部屋の障子をすぱんと開けたところまで遡る。

いつも級友の顔を借りてはちょっとした悪戯に使わせてもらって、そして怒った級友達に追い回されるのが日常と化している私だが、今回ばかりはさすがの私にも心当たりは全くない。全くないが、目の前の真面目バカの顔はいやに真剣だ。これは絶対面倒事だ。かかわり合いになりたくない。絶対関わるものか、と密かに逃亡を決意した私だが、思わぬところから釘を刺された。それはもうふっとい五寸釘をぶっすりと。

「三郎、今度は何したの? あれだけ悪戯は程々にしろと言ったじゃないか。ちゃんと謝らないとダメだよ」

ああさすがは私の雷蔵だ。こんな生真面目バカのためにその整った顔の眉間にシワを寄せて私の決意をいとも簡単に挫く。だがしかし雷蔵、今回ばかりは私は無実なんだ。潔白なんだ、それこそそこの豆腐バカが愛する豆腐のように真っ白なんだ。そう主張せどもまあそこは所謂日頃の行いというやつで、悲しいかな、私の信用など部屋の入口で棒立ちにつっ立っているバカ正直バカの信用と比べたら月とすっぽん、天と地ほどの差があるわけで。
雷蔵及び仏頂面バカの視線に耐え切れなくなった私は何だか知らないがこれはもう仕方あるまい、と覚悟を決めて重い腰を上げてみたわけだ。

そして共に部屋の外に出て、一体何の用だと無表情バカに問えば、どうにもここでは話したくないらしく上を指差す。屋根の上で話そうとか、この天然バカは本気でバカかと思った。寝巻きが汚れるじゃないか全く。これでくだらない話だったら私の分もこいつに洗濯させようと私は二度目の決意を固めた。

しかしまあ、結論から言えばどうにもお空の上の誰かさんは私の決意を粉々に粉砕するのがお好きらしい。いや確かにくだらないと言ってしまえばくだらない、犬も食わないような独占欲丸出しの八つ当たりだったわけだが、くだらないと言うにはこのバカは若干危うさを感じるまでにバカだった。どこがバカかって?

「三郎、俺はお前が嫌いだ。勘右衛門と仲の良いお前が嫌いだ」

そんなの決まっているだろう。こいつは勘右衛門バカ。私のことを嫌いとかいうくせに私など既に眼中になく、私を通して勘右衛門をみているような勘右衛門バカ。私は、私を強く睨めつけているくせに私なんて欠片も映していない空虚な瞳にぞっとして、ついでその噛み合わない異常さがなんだかとても愉快に思えて、思わずぶっと吹き出した。

「笑うなよ、俺は真面目な話をしているんだ」
「ああ、だろうな。でも悪いな、お前結局私なんてどうでもいいんだろ」

不機嫌そうに眉間に皺を刻む兵助。しかしそれすらもいっそバカバカしいほど、今のこいつが考えていることは勘右衛門勘右衛門勘右衛門、そう尾浜勘右衛門ただ一人のことだけ。
私も大概まともじゃない方だが、しかしまあこれはあんまりだ。

「ああ、三郎自身は勘右衛門のことが絡まなければどうでもいいよ。それどころか互いに切磋琢磨し合っていけるいい友人だと思っている」
「ふふっ、そうか。で、お前は私と勘右衛門の何が気に入らない?」
「勘右衛門は、学級委員長委員会で随分楽しそうだ」
「それは喜ばしいな。そこの何が気に食わない?」
「勘右衛門が、」

それまで前を向いて半ば独り言のように喋っていた兵助が、ちらりと私に視線を向ける。その眼は氷のように冷え冷えとしていて、人殺しに慣れたプロ忍みたいに醒めた色を宿していたものだから、私はついにやけそうになる口元を必死で引き締める。

「勘右衛門が毎日嬉しそうに話すんだ。『今日食べた饅頭は本当に美味しかった』『今度三郎達と町に甘味を買いに行く』『また三郎が会計委員の頭上越しに予算を計上して、何故か俺まで一緒に潮江先輩に追い掛け回された挙句説教された』って。毎日毎日、俺の知らないところで、俺が共有できない嬉しさや楽しさを得て、俺以外の誰かと笑ってる。それってすごく、悲しくって悔しくって、神様とやらを恨みたい気持ちにならないか」
「理解はできるし共感もするが、まあアレだ。お前のいっそ真っ直ぐなまでに歪んだところには恐れ入るよ。尊敬する。しかし不思議なんだが、その理論で行くと庄ちゃんや彦までお前の嫉妬の対象になっていてもおかしくないが、何故私がお前の攻撃対象なんだ」
「下級生に妬み嫉みをぶつけるわけにもいかないだろう。お前が相手だから言えるんだ」
「それはまあ、ずいぶん愛されてるな、私」
「ああ愛してる。だからはぐらかすな。俺自身くだらない嫉妬で八つ当たりなんてバカバカしいと思っている。だけどどうにも苛々して言わずにはいられないからお前には言う。どんなに馬鹿げていようが、俺は勘右衛門が他の誰かと仲良くしているのを見ると腹が立つし胸がむかむかする。こんなこと勘右衛門に言って幻滅されたくないからお前に言う。悪いとは思ってるけど反省はあまりしてない」

つらつらと変なところで律儀な生真面目思考回路を並べていくこの賢いバカに、ほんとに面倒くさいなこの男はと私はついにこらえきれなくなって口角を吊り上げる。

「ほんと真面目だよ、お前」
「ありがとう」
「褒めてないんだが」
「知ってる」

しかしまあ本当にくそ真面目で融通のきかないかっちんこっちんの石頭。嫉妬を持て余して、その結果おそろしく遠回りな方法で八つ当たり兼愚痴兼相談。ガス抜きが下手なのはい組の特徴なんだろうか。いや綾部とか伊賀崎とかそれこそ勘右衛門とかもいるから一概にはそうとも言えないが。真面目すぎて大好き大好き愛してるなんて気持ちをどこまでも積み重ねて抑えが外れたらどこまでも執着して依存して突っ走る。例えば穴掘り小僧とか毒虫野郎とかそれこそ豆腐小僧とか。ああ、そういえばそんなこいつらにぴったりの名詞があるじゃないか。

「あれだな、偏執狂」
「何が」
「豆腐もしくは勘右衛門に対するお前の気持ち悪さを三文字で表す代名詞」

怒るかと思ったが、予想に反して目の前の偏執狂はくすっと笑った。そして口を開く。

「雷蔵に対するお前の気持ち悪さを三文字で表す代名詞の間違いじゃないのか」
「うはっ、辛辣」

笑ってはいても切り返しはそれはもう鋭かった。
だが黙って言われたままの私ではない。

「私は自覚あるからいいの。自覚無しに突っ走るお前とかほんと狂ってる」
「自覚ならあるぞ」
「嘘だろ」
「自覚はあるが自重する気がないだけだ」
「……お前さ、いつか勘右衛門のこと壊すんじゃないか?」
「そうかもな」

さらっと言う隣の精神異常者に、私はまたしてもぶふっと吹き出す。
馬鹿にしてるのかとでも言いたげな視線に応えるように、私はにやける顔を隠さずに言った。

「お前さ、おかしいよ」
「知ってるよ」



Monomania,彼は偏執狂。



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