異変を感じ始めたのは、いつからかなんてわからないけれど。
気にしすぎだ、気のせいだ、そう思って目を逸らし続けていた間に、この体は何かの限界を超えつつあったらしい。

例えば、この眼。
髪と同じように年々色が抜けていく。傍目には判らないほどゆっくりと、確実に。
すさまじい速さで落ちていく視力。どんどん日光に弱くなっていく。陽のあたる場所で目を開けていることが苦痛になって久しい。数十分も外にいれば真っ赤に充血するようになったのはつい最近。

例えば、この心臓。
小学校の頃何かの検査で引っかかった。普段は行かないような大きな病院に私を連れて行った母親がどんな顔をしていたのか、今ではもう覚えていない。確か人よりもショックによって心臓が止まりやすいとかなんとか、言われた気がする。
常に90を超える脈拍。人が一生に打つ鼓動の数は決まっているらしいけれど、そうなると私は人より早く寿命を迎えるのだろうか。

例えば、この脳。
別に小さい頃ひっきりなしに頭を殴られたり、石を投げつけられてばかりいたのとはあまり関係ないと思うけれど、どうにも記憶力が人より悪い。
残念ながらただでさえ悪い記憶力が、その退化のペースを下げてくれるどころかどんどん上げていくのだ。

どれもこれも、人ならば誰もが持つ「老化」の一部に過ぎない。
生まれた瞬間から始まる死への歩み。何も特別なことではない。まあ、ちょっとばかし人とは違うところもあるけれど、そんなの誤差の範囲内だ。
そう、体の退化が人よりほんの少し早いだけ。少しばかり、人並みの体から劣っているだけ。

日進月歩の医療技術ですら救えない病や障害を抱える人とは違って、私は普通に幸せな日々を送っているのだ。こうして自分の体の欠点を挙げていくのは人とは違っていたいという虚栄心のなせる業なのだろう。普通であることこそが人間最大の幸せであるというのにわざわざ自分が劣っている点まで自慢げにひけらかす。
まったくもって人間とは愚かな生き物だ。どうしようもない。

まあそれでも、私の体が人よりほんの少しばかり、壊れるのが早いというのは、認めざるをえない悲しい現実で。
でもそんなものはきっと、突然事故にあったりとか、通り魔に殺されたりとか、風邪をこじらせて肺炎になってそのままぽっくりとか、喉に食べ物詰まらせて死んだりとか、そんなのと変わらない。
どこにでも転がってる些細な不幸。世界の人々と比較すれば誤差の範囲内に収まってしまう情けないほどに小さな差異。ちっぽけな異常。
軋む音が聴こえるのはきっと気のせいで、私の体は人並みの時間を経て壊れるのだ。
それが例えば人よりちょっと早かったとしても、「あれ、ちょっと死ぬの早くない?」とかその程度。

なのになんで泣きたくなるんだろうね。

よほど恵まれた五体満足の体を持っているのに。

例えば君の顔が見えなくなってしまったり。
例えば君より早くに鼓動が止まってしまったり。
例えば君のことまで忘れてしまったり。

少しだけ、君より早く流れる時の中で生きていくことが怖くて仕方がないんだ。
隣で。隣で、一緒に、足を揃えて歩んでいきたいのに。

私の体に異常はない。
正常の誤差の範囲内。
人並みの幸せ。十人並みの不幸せ。

なんの変哲もない。世界の中の一粒。

ねえお願い、私を置いて行かないで。
お願い見捨てないで。

だから人並みに願う。人並みに恐怖する。
幸せを求めて、不幸を忌避する。



ああ、明日もこの眼がどうか、世界を映していますように。



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