モルヒネ | ナノ

モルヒネ



明日が自分の誕生日だなんてことアンタにはこれっぽっちも関心ないんだろうけどさ。まったく、その自身に対しての淡白っぷりにはほとほと呆れる。一年に一回の、いわゆる特別な日だというのに。せいぜい、あぁそうだな、ってほんの三秒手を休めるくらいなんでしょう。もしかすると、仕事に一生懸命でもはや今日が誕生日だってことすら忘れているんじゃないのかと思う。
やれやれ。「明日はトシの誕生日だなぁ」って満面の笑顔でそわそわしている近藤さんが気の毒なくらいだ。ほんと、えらく勤労なことで。頭を捻っても毎日の巡回すら億劫な俺にはひとつも理解ができない。毎日朝まで当たり前のように働くなんて、アンタっていい加減さ、


「ワーカホリック?」


ノックなしに乱暴に襖を開いた。夜中にしてはいささか派手な音がたったので、あーやばいと思った。その通り、土方さんは厄介なもの見るまなざしをしたが反省はしない。だって閉めるときは静かにしたし。
土方さんはおもてだけをこちらへ向けている。不機嫌そうなくちびるの端っこには苦い苦い煙草。切れ長の目の下には濃い隈があった。


「んだよ総悟こんな夜中に、つーか嫌味か。」
「べっつに、何でもないでさ。つーか何そんなにいらついてんの。」
「いらいらもするわ、何日休んでねーと思ってんだ。あーもう話すのも面倒くせえ。」


煙草の煙を吐き出し、続けて、あーだりぃ、と低く唸って吐き捨てて首を鳴らす様に、不健康極まりないと思う。ねぇねぇと強請る意味合いで名前を呼んでみるも完全に無視された。返事も面倒らしい。ふむ。これはなかなかに重傷だ。
果たして何日だろうな、と考える。いちにい、と俺が頭の中で数え始めたとき、土方さんの目線は俺から外されてすでに卓上である。秒針に負けず劣らず右手は急ぎ足だ。

土方さんが机の前という定位置からさっぱり動かなくなった原因は、先日の討ち入りであった。過激派と呼ばれる攘夷浪士たちを相手にした規模の大きなもの。加えて、先送りにしていた書類をいよいよ片付けねばならなくなったのである。
灰皿の煙草はどんどん積み重っていくのだが、左右に積まれた紙の束は、別に、そんなに、変動なし。お気の毒に。かわいそうだとは思うのだが手伝ってやろうとは決して思わないので、忙しなく手を動かす土方さんの後ろにペタンと座った。真っ黒い背中を見つめて、背もたれにしてやろうかと思案したがそれより腹に腕を回すほうに決めた。


「……邪魔すんならどっか行け。」
「そんなに仕事が好きですか。」
「なわけねーだろしたくねぇよ。つーか何お前。」
「何って、分からないんですか?」
「何が。」
「何が気になってこうしてるか。」


いよいよ病気ですねぇと揶揄ってみたが、土方さんは俺の単なる気まぐれだと思ったようで、そうかよと投げやりな返事を寄越した。馬鹿。頭をこてんと見慣れた背中に預ける。頬と触れ合った黒色からは柔らかい煙草の香りがする。それは鼻孔に馴染んでいる、好いているもののひとつだ。思わず早くなる心音が伝わってしまいそうでぴったりは少し危ういと思った。
じっと耳を澄ますと土方さんの規則正しい鼓動が聞こえる。また、ペンが走る音や、腕が紙と擦れる音なども。それらを拾いながら、見えない土方さんの前面について思いを繋げるのだ。長い睫毛が落とした影や、筋の通った鼻など。そういう、好ましく感じているものたちについて考えると、実際に見て、触れたくなるのは当然なのであった。


ひじかたさん。再度声をかけたのだが、返ってきたのは、あぁ?という溜め息混じりの疲れ切った声あった。そっと身体を離す。ちょうど土方さんは短くなった煙草を長い指で灰皿へ押し付けた。じゅう、と焦げる音へすっと目を細める。気に食わないもんで。だって、新しい煙草じゃなくって、ほら、


「疲れたんなら休憩してくだせェ、俺と。」


強請る意味合いでくいくいと服の裾を控えめに引っ張りながら、やだやだ女々しいと自分に少し引いた。土方さんが今度こそ身体ごとこちらへ向いたので、ハテナを浮かべた双眸をじっと覗き込む。黒色の中の光が俺のまなざしを受けて、思考を読み取る。土方さんは俺のまなざしに潜んだ色々をじょうずに汲み取るのだ。ほんとうに伝えようとしたことを、零さずに、正しく。じっと黒色の海を覗く。誕生日だからっていうのもあるけど、もうひとつ。ほら、わかった。


「さみしかった?」
「…べっつに。全然そんなことないでさァ。」
「可愛くねーの。」
「可愛くないのが好きなくせに。」


可愛くない表情で悪態をつくと、注がれるまなざしが丸みを帯びた。土方さんが右手からペンを卓上へ手放す。土方さんを独占していたそれはコロコロ三回転がって畳の上に落っこちた。ざまあみろ。ずっとそこで横たわっとけ。
仕方ないな、という風に土方さんの掌が頭へ伸びてきて、髪に触れるとあやす様な動きをする。くすぐったくってきゅっと瞬きをした。
真っ向から視線がかち合う。言葉はなくとも甘い感情がまなざしにひたひたと満ちる。つまりはこういうことなのだ。ぎゅうって、


「してあげまさァ。」
「お前がしてほしいんだろ。」
「この構いたがり。」
「じゃあお前は構われたがりだな。」


ええ、その通り。生命装置の音が大きく聴こえて溺れちゃえばいい。愛してるの甘い言葉が鼓膜に滲んで麻痺してしまえばいい。
壁時計をちらりと見るといよいよ五月五日まで残り僅かといったところであった。あの時計の針が重なると土方さんはひとつ年を重ねて、たくさんの人から祝福を受けるのだ。


「でも俺は土方さんがとっても嫌いですよ。」
「知ってるよ。」


土方さんに与えられるすべてのものが愛に満ちていても、俺だけは絶対に愛してあげないと思う。寂しくったって恋しく思ったって。だって、現に土方さんは世界のありとあらゆるものたちに存分に愛されているのだ。だから、ひとりくらい愛してあげない存在がいないと神様はきっと困ってしまう。
ぎゅうとくちびるを押し当てて呪いをかける。愛してない。愛してあげない。死んじゃえばいい。


「でもこういうことはしたいんです。」
「それも知ってるよ。」


薄く開いたくちびるに指を差し込まれたので子犬の甘噛みをした。触れたい、触れられたい。もう片方の手でこらこらとちっとも痛くない強さで頬を叩かれる。べろりと関節を舌でなぞってやると、土方さんはぴくりと眉を動かす。スイッチが入った合図だ。


「こりゃ休憩になりそうにねェな。」
「知ってまさァ。」


あーもうとまったく困ってない風に土方さんが息をひとつ吐く。黒色の双眸に欲が混じったのを読み取ると、むずむずと抑えのきかないどうしようも出来ない気持ちになるのだ。これについては、自分でもどういうわけだかわからない。愛してあげまいと思っているのに、非生産的で、不確かな愛の真似事がしてみたい。
存在価値を重々に理解しながら呪いを紡ぐ。死んでほしいのに、唯一の思い通りにならない存在として、あらゆる欲の果てとしてここに居てと願うのだ。神様はほんとうにどうしようもないものを生み出してしまった。


「そういや、お前はなんでここに来たの。」
「あーあー多忙すぎて一年に一回しかないことも忘れる大人にはなりたくねーなァ。」
「あ、たんじょ」
「まだ言っちゃダメ。」


だぁめ、とわざとあざとい顔をつくって乾いたくちびるにくちびるを重ねる。こうしたいと思うことは、とうの昔に、この人が生まれたときから決まっていたのかもしれない。もしそうだとしたら、ほんとうにどうしようもない。
ほうら。触れてしまえば離れがたくなる。殺したいのに愛しくなって、ますます訳がわからなくなるのだ。まったくもう、


「誕生日おめでとうございやす。」







土誕2012作品。沖田は土方に愛してるって絶対言わないとときめく。


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