おいしい毒のつくりかた | ナノ

おいしい毒のつくりかた


全部まるごとひっくるめて好きかって聞かれると、僅かに逡巡するにしても好きって言う。どれくらい好きかって聞かれると、眠れない夜に彼女の死体(というか動かない彼女)を数えてしまうくらい好き。いつからどこがどう好きなのって詳しく尋ねられるとそれには答えることが出来ない。恋とはいつの間にか落ちてるものなの、私ってロマンチストだから。なんちゃって。


大好きかと聞かれれば、うん、たぶん大好き。(死体……とひとえに言っても血みどろでえぐいやつじゃない。静かで、清らかで、そうまるで瞳を閉じて王子を待つ白雪姫。まさに誰もがうっとりしちゃうオーダーメイドのお人形さん。そんな綺麗な彼女をポンポン生み出して積み上げて数えてるうちに夜が明けてるくらいには)大好き。
数を数えていると眠くなると聞くけれど、数と睡魔が比例しなくって困る。だから崩して積んで囲まれて数えて並べて、私は今夜も忙しい。彼女のつくりが美しいから困りものだ。


陽に透けても黒々とした髪と睫毛。長い髪が頬にかかるとモノクロの対比でより一層綺麗に思う。嘘がつけない真っ直ぐなまなざしは一度捕まったら抜け出せない。艶やかで可愛くないことばっかり紡ぐくちびるにちゅーして解毒しちゃいたくなる。そんな白雪姫は甘い夢から目覚めてしまえば口うるさくってすぐに呆れた顔をする。渋面が趣味ですかっていうくらいよく眉根を寄せている。性格は優等生のふりして魔女寄り。リンゴひとつで死んでたまるかって瞳孔開いて一蹴だ、そう簡単に殺せないのはすでに実証済み。
だから夢の中では起きてもらってちゃ不都合なのだ。私の頭で好き勝手させてもらうためにも深い海に沈んだ眠り姫でいてもらうの。生み出して眺めて触れて並べて積み上げて見上げて囲まれて見渡して寄り添って、昨日は何人数えたんだろう。よんせんさんびゃく…ろくじゅうに?おーすごいこれは眠たいはずである。授業中眠りについてもそれは断じて私のせいじゃない!


せいじゃない!せいじゃない、せいじゃない…うとうとしながらぐーるぐるメリーゴーランドみたく物思いに耽っていたら、なおざりになっていた掌からシャーペンが滑り落ちた。カラン、乾いた音に現実へ引き戻され、おもてを上げたら黒板の板書がずいぶん進んでいてうんざり。遅れて古文の時間だと思い出してげんなり。ノートとろうかなあとシャーペン握り直して残り時間と相談した結果、きっぱり諦めて再び手放す。残り時間はあと五分。遙か昔の男と女の物語はどうやらもうクライマックスだ。


古典の時間は出席番号順に生徒が、その日習った段落の朗読をする(ちなみに今習っているのは伊勢物語)。今日は残り五分では行から。長谷川(マダオ)がつっかえながらもなんとか一段落を読み終えたら次はひ、ひじかた。別段感情がこもっているわけじゃないし誰もが誉めるわけじゃないけれど、私は土方の読む文章が心地よい。文の流れは止めないけれど切れ目切れ目はきっぱり止まる。声色は穏やかなときの土方の双眸と一緒だ。灰色の海。すとんすとんと鼓膜に音が落ちてくるのだ。その声で色々な愛や恋の言葉を教えてほしいから私はやっぱり容易く好きだと答えられる。全部まるごとひっくるめて好きだから、この席から土方は見えないのに、口の動き方や瞬き、ページを繰る指先などを鮮明に想像することが出来るのだ。


残り時間はあと三分。教室の掛け時計がぼんやり歪む程度には眠たい。チャイムが鳴ったら王子様気分で土方の手を取り連れ去ってそのままふけこんじゃおう。二分前に教室へ帰ろうとする優等生には毒リンゴの代わりに駄々を渡すのだ。「何でそんなに眠いんだよ」って呆れ顔で聞かれたならば「アンタのことが好きすぎて眠れないんです」ってほんとうを答えてあげる。
土方はきっとぱっちり目ェ見開いて、また変なこと言い出したって眉をひそめるのだ。だけどきっと満更でもないんだろうし、おねだりしたら寝転がる私にキスをくれるかもしれない。うーん、これじゃあどっちが白雪姫かわかんないや。


もしも土方が王子なら、何が何でも眠れる私を見つけ出す。見つけてと私が強く願った時点で土方は断れないのだから。でもやっぱり、誰も知らない森の奥でその時を待つのもいいけれど瞑目するなら柔らかい太ももの上がよろしいので、あと一分経ったなら、愛したがりの私を生々しく愛してもらおう。今この時は、おとぎじゃあるまいし。目を覚まして、一対一で、よんせんにひゃくろくじゅうに個分の妄想を。何千回ちゅーしたってどうせ一生毒は抜けない。







(これは果たして土沖なのか)それにしても、眠れない夜に土方を一晩中数えるのが公式だなんて沖田の愛に改めて震えますね。

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